学校の帰り。
視界を横切った、桜色の小さなかけら。
「・・・桜?」
空を見上げると、風に乗って花びらが数枚、踊るように舞って居た。
「・・・そっか、もうそんな季節・・・」
そう思った瞬間、今まで灰色がかって居た世界が、少し色彩を帯びて見えた様な気がした。
「・・・単純、かな?」
思わず、くすっと笑いが出る。
季節は、初春。
あちこちに、新緑が溢れて来る季節。
「約束」
(Episode:柏木 楓(痕)
/「『セ』印良品」70000アクセス突破お礼SS/小SSシリーズ・その22)
・課題:
「柏木 楓」(出題:ぱすてる☆びっとさん)
・キーワード:
「桜」(みす太さん)
「楓、耳見えてる耳」梓の台詞あたりで(ちひろさん)
「『雷』:天候のそれでも怒りの表現でも、どちらでも可☆」(桐原 瞬さん)
「酒」FFさん
「花粉症」(M.R.さん)
「二日酔い」ちょべさん
何となく桜を見たくなって、裏山に登った。
水門のそば。
弾け飛ぶ水しぶき、途切れる事の無い水の音。
自分の呼吸の音さえ隠してしまいそうな、そんな中、私は一人、桜の木を見上げる。
「・・・・・・」
今年も、桜は一杯に花を付けて居る。
今は、八部咲きと言った所か。
数日中には満開になるだろう。
その、はちきれそうな花を見上げながら。
「今年も、綺麗に咲いたね・・・」
誰に言うとなく、そう、つぶやいて見る。
そっと、幹に触れながら。
「・・・ただいま」
家に帰り、そのまままっすぐ居間に入ると、丁度梓姉さんと初音が何やら上機嫌で話をして居た。
「あ、楓お姉ちゃん、おかえり〜」
「お帰り、楓」
「ただいま。・・・裏山の桜、もう八分咲きだったよ」
「へぇ、それは丁度いいや」
「・・・?」
梓姉さんの、そんな言葉に首をかしげると。
「あのね、今度の週末、耕一お兄ちゃん帰ってくるんだって」
「本当!?」
思わず、初音の方にかぶりついてしまう。
「楓、耳見えてる耳」
「あ」
耕一さんが帰ってくると言う、そんなニュースに、うれしさのあまり思わず耳と尻尾が出てしまう。
「・・・で、梓姉さん、何が丁度いいの?」
耳と尻尾をしまいながら、聞いて見る。
「うん、千鶴姉と話してたんだけど、今度の週末あたりに家族で花見をしないかって話をして居たんだ」
「あ、なるほどね」
「週末、楽しみだね〜」
初音のそんな言葉に、みんな頷いて居た。
「あ、でも」
と、ふと何かを思い出したように、初音が一言。
「・・・千鶴お姉ちゃん、確か去年あたりから、花粉症・・・じゃ無かったっけ?」
「あ」
そう言えば。
去年のお花見、千鶴姉さん、マスクをつけて、涙流しながら桜見て居たっけ。
「それと、梓お姉ちゃん、二日酔いになるまでお酒飲んだらダメだよ?」
少し困ったような顔をして、梓姉さんにそう言う初音。
「う゛・・・反省して居ます」
梓姉さんは、顔を赤くしてうつむいた。
そして、週末。
そろそろ耕一さんが帰って来る、と言う頃。
「楓、悪いけど、耕一さんを駅まで迎えに言ってくれないか?」
居間でぼんやりとテレビを見て居たら、台所で初音と忙しそうにして居る梓姉さんがそう言ってきた。
「うん、解った」
こくんと頷いて、立ち上がる。
外に出ると、空に少し雲がかかって来て居た。
「・・・天気予報は晴れるって言ってたけど・・・」
傘を取りに戻ろうかとも思ったが、そのまま駅に向かう事にした。
思えば、その時素直に戻って居れば良かったのか、悪かったのか。
・・・ぽつ。
ぽつ。
ぽつ、ぽつ。
・・・さーっ。
空から落ちてきた雨粒、またたく間に地面を濡らして行く。
慌てて雨宿りが出来そうな所を探すが、あいにくこの辺りにはそんな場所が無い。
しばらく走って、通りかかった空き地に、桜の木が一本。
取り敢えず、桜の木の下で雨宿りをする事にする。
ぴかっ。
・・・ごろごろごろごろ。
遠くで、雷もなり出した。
そう言えば、春の天気は変わりやすいって誰かが言ってたっけ。
濡れた髪の毛から滴り落ちる雫を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考える。
さーっ。
雨は、やむ気配が無い。
「・・・そう言えば、耕一さん、そろそろ駅に着く頃かな・・・」
耕一さんもこの空を見あげて、頭を掻きながら駅の入り口で考え込んで居るのだろうか。
「・・・くすっ」
光景が目に浮かび、思わず笑いが込み上げる。
さーっ。
それでも、雨は降り続ける。
・
・
・
・
・
(・・・門)
(・・次郎衛門)
「次郎衛門」
「・・・ああ、エディフェルか」
花見をしながら酒を飲んで居ると、どこからともなくエディフェルがやってきた。
「何をして居るのだ?」
「ああ、花見をして居るんだ」
そう言って、手に持った杯を掲げてみせる。
「ハナミ? ハナミとは何だ?」
そう言いながら、隣に座って来るエディフェル。
「・・・この国はな、四季の移ろいがはっきりとしているんだ。夏には五月蠅いくらい蝉が鳴き、秋は山々が全て赤く染まり、冬は一面銀世界になり」
そこで、俺は一旦言葉を切り、杯を空ける。
「そして、春には、この国の『春』の象徴でもある、この桜の花が咲くのだ。この、桜の花を眺める事を、花見と言うんだ。・・・まあ、春を感じる為の、儀式みたいなモノだ」
「なるほど。では私もハナミをするとしようか」
そう言って、エディフェルは隣で桜の花を眺め始めた。
「・・・ところで、次郎衛門」
「ん? 何だ?」
「この、サクラと言う花は、何故このような色をして居るのだ?」
そう言って、桜の花を指差す。
「ふむ。・・・桜の花がこんな色なのは、こう言う説が有る」
そう言って、俺は右手に持った杯を一旦置いた。
「桜の木の下には、名も知らぬ者の骸が埋まって居てな。その骸から流れ出る血を吸いあげて、桜の花はこの色に染まる、と言う、な」
「本当か? ならば、掘って見ようか」
エディフェルはそう言って、立ち上がりかけた。
「ははは。やめて置いた方がいい」
「ん? 何故だ?」
「『そう言う説』が有ると言うだけで、本当に埋まって居るという話は聞いた事がない。それに、桜の木の1本1本に骸が埋まって居たら、ここら辺りの桜には全部骸が埋まって居ると言う事になってしまうぞ?」
「・・・なるほど、そうか」
少しがっかりしたように、エディフェルはそう言うと、また座りなおした。
「ま、それくらい美しくこの花は咲いて居るという例えだ」
「なるほどな」
そうして、しばらくの間、俺とエディフェルは、だまって桜の花を眺めて居た。
「・・・なあ、次郎衛門」
と、突然、エディフェルが真面目な顔をして俺の方に向き直った。
「ん? どうした?」
「もし、私が死んだら」
「おいおい、随分縁起でもない話だなぁ」
「まあ、聞いてくれ。・・・もし、私が死んだとしたら、私の体を、サクラの木の下に埋めてくれないか?」
「ん? そりゃまた、何故だ?」
「恐らく・・・恐らく、私達は再び星の海へ渡る事は出来まい。だったら、せめて墓標くらいは、知って居る者が見て居てくれるものにしたいからな」
「・・・そうか・・・そうだな。まあ、お前達エルクゥの寿命と、我ら人間の寿命を比べると、どっちが先に死ぬかなんて目に見えてるがな」
「それでも、だ。頼めるか?」
そう言って、俺の顔を覗き込んで来たエディフェルの目は、いたって真面目だった。
「・・・いいだろう、約束だ」
「・・・ありがとう」
そう言って、エディフェルは僅かに微笑みを浮かべた・・・。
突然、体が揺れるような感覚に、ふと意識が戻る。
「・・・え?」
「楓ちゃん、こんな所で寝ていたら、風邪どころじゃ済まされないぞ?」
そう言って、私の体を揺すって居たのは・・・。
「・・・耕一さん」
「『耕一さん』、じゃ無いよ。たまたま俺がここを通りがかったから良かったものの、もし俺が通らなかったら、どうなってた事か」
そう言って、耕一さんは頭を掻きながら私の方を見て居ます。
ふと回りを見渡すと、いつの間にか雨も上がって居ました。
「・・・・・・」
どうやら、雨宿りをしながら少し寝ていたようです。
それにしても、あの夢は、この桜の木が見せたのか、あるいは・・・。
「それにしても、あんな所で、一体どうしたんだい?」
家の方に歩き出しながら、耕一さんが私に聞いて来ました。
「・・・雨宿りを、して居ました」
「そっか、さっきまで凄い降ってたもんな」
そう言って、耕一さんは空を見上げます。
つられて見上げた空は、すっかり雲も無くなって居て、さっきまでの雨模様はどこへやら。
「・・・って、『雨宿り』? 楓ちゃん、どこか行く所だったんかい?」
ふと気がついたように、耕一さんが私に聞いてきました。
「・・・耕一さんを、迎えに・・・」
「あ・・・そっか。ありがと、楓ちゃん」
そう言って耕一さんは、私の頭をぽんぽんとなでてくれました。
少し、くすぐったいです。
「・・・耕一さん」
「ん? 何だい、楓ちゃん?」
再び歩き出した私達。
ふと、私は聞いて見ました。
「耕一さん、桜の約束・・・憶えて居ますか?」
「・・・桜の、約束?」
耕一さん、首をかしげます。
無理もありませんね。
「エディフェルが、次郎衛門と交わした『約束』です。・・・私が死んだ時には、桜の木の下に埋めて欲しい・・・って」
そして、私は、先程見た夢の内容を耕一さんに話します。
「・・・そっか。・・・楓ちゃん、桜の木の下で雨宿りをしたから、思い出したのかもな」
話を聞いた後、ぽつりと、耕一さんがそう言いました。
「そうですね・・・」
私も、こくんと頷きます。
「・・・でもな、俺、その約束は多分守れない」
耕一さんは、そう言って、真顔で私の前に立ちます。
「俺は、何があっても楓ちゃんを守る、そう決めたんだ」
「・・・・・・」
「だから、そんな約束は守れない。・・・いいよな?」
「・・・はい。・・・はい!」
私は、返事をしながら。
思いっきり、耕一さんの胸の中に飛び込んで居ました。