「白の・・・恐怖?」
(Episode:来栖川 綾香、HMX−13・セリオ(ToHeart)/小SSシリーズ・その20)


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 3月7日。
 家に帰る途中で、何やらうれしそうな顔をして居る綾香に捕まった。
「ねえねえ、来週、待ってるからね〜」
「こらこら、話の途中を省略するな。一体、来週何を待ってるってんだ?」
「あら、やっぱり浩之ってこう言うのに鈍いのね」
「話がずれてるって〜の。来週がどうしたんだ?」
「・・・浩之、来週って何の日だか、本当に解らないの?」
 そう言って、ジト目でオレを見て居る綾香。
 来週? 来週って、14日だよな、確か。
 ・・・あ。
「・・・・・・なるほどな」
「やっと思い出したみたいね」
 そう言うと、綾香はオレの腕に飛びついて来た。
「楽しみに待ってるからね〜」
「あのなぁ。お前の方からホワイトデーの物を請求してど〜すんだよ。第一、先月・・・」
 ・・・あれ?
 そう言えば、オレ、バレンタインの時、綾香から何貰ったっけ?
「先月、どうしたの?」
 話が急に途切れたので、綾香が不思議そうな顔をしてオレの顔をのぞき込んできた。
「先月・・・えーと・・・イヤ、何でもない」
「ふ〜ん? ならいいけど」

「ところで浩之、ホワイトデーは3倍返しが相場だからね♪」
「ぶっ! だ、誰がそんな事決めたんだよっ!」
「あら、こんなの一般常識よ、一般常識」
 一般ではないお嬢様に一般常識云々を言われたくは無いぞ。
 オレは心の中で突っ込んで置いた。
「ま、ともかく。楽しみに待ってるからね」
「・・・」
 だがこの時、オレは全く別な事を頭の中で考えて居た。

− 2 −

 3月8日。
「よお、セリオ」
「こんにちわ、浩之さん」
 オレは、駅前のバス停でバス待ちをしていたセリオを呼び止めた。
「ところでセリオ、ちょっと聞きたい事があるんだけど・・・」
「何でしょうか?」
「オレさ、先月・・・バレンタインの時に、綾香から何貰ったっけ?」
 オレがそう聞くと、セリオは『えっ?』と言う顔をした。
「・・・もしかして・・・浩之さん、忘れてしまったのですか?」
「・・・ああ、情けない事にな」
 そう言うと、セリオは『えええっ!?』と言う顔をして、2、3歩引いて居た。
 どこで憶えてくるんだ、そんな仕草。
「ああ、おいたわしや綾香お嬢様。想いを寄せられて居る浩之さんに、よりによってバレンタインデーのプレゼントに何を贈ったか忘れられてしまうなんて・・・」
 よよよ、と、目元を押さえてその場に崩れおちるセリオ。
「こら。公衆の面前で、そう言う真似は止めとけ」
「それもそうですね」
 次の瞬間、けろっと元に戻ってるし。
 あまりのギャップの激しさに、危うくずっこけそうになる。
「ま、取り敢えず、何を贈ってもらったかって、本人に聞くのは・・・やっぱまずいよな?」
「そうですね。綾香お嬢様の事ですから・・・(小声で)後が恐いかと」
「そうだよな〜。・・・しかし、今月ちょっとピンチなんだよなぁ」
 頭の中で、預金通帳の残高をざっと思い浮かべる。
 確か、5桁がやっとだった筈だ。
「そうなると・・・贈り物の方はどうなされるのですか?」
「そうだなぁ・・・どうしたらいいと思う?」
 セリオに聞くと、セリオはしばらく考えこむような仕草をして居たが。
「手段を問わないのであれば、銀行強盗なども短期間で高額の収入を得る事ができますが」
「誰が犯罪に手を染めろと言った!」
 オレはぺしっとセリオの頭を叩いた。
「・・・と言うのは冗談で」
 ・・・いつからセリオが冗談を言う様になったんだ?
「ここはやはり、短期のアルバイトなどで資金を得るしかないかと」
「バイト・・・ねぇ。やっぱそれしかね〜かなぁ」
 まあ、半ば予想して居た答えだったが。
「しかしよ、そう都合よく短期でそれなりに稼げるバイトって、あるか?」
「少々お待ちくださいませ。現在サテライトで検索して居ます・・・」

− 3 −

 3月14日。
 そうして、それから約一週間、オレはセリオに紹介された短期バイトで、何とか資金を稼ぎ出すことに成功した。
 何のバイトをしたかは・・・頼む、聞かないでくれ・・・。

 とまあ、そんな事や何かで、オレは何とか目的の物を仕入れると、それを大事に懐に納めて、綾香が待ち受けて居るであろうポイントに向かった。
「やっほ〜、浩之♪」
「こんにちわ、浩之さん」
 予想通り、そこには綾香とセリオがいた。
「よお、二人とも。取り敢えず、どこかその辺の公園でも行こうか」
 取り敢えず。流石に公衆の面前は恥ずかしいんで、人の居無さそうな所に二人を誘う。

「さて、と。じゃあ、セリオにはこれな」
 オレはそういって、セリオに紙包みを渡した。
「・・・これは・・・うさうさリュックですね」
 それは、ぱっと見た感じがうさぎのぬいぐるみみたいに出来て居るリュックだった。
 手ざわりがいいのと、何より可愛いと言う事で、最近女子の間で大ブームになって居るのだ。
「・・・ありがとうございます・・・」
 セリオはそう言って、うさうさリュックをぎゅっと抱き締めた。
「・・・何か、えらく気に入ったみたいだな」
「実は、最近欲しがって居たらしいのよ」
「なるほどね」
 そう言いながら、オレは綾香に向き直った。
「んじゃ。綾香にはこれ」
 オレは、懐からそれを取り出すと、綾香に手渡した。
「・・・あら。シルバーリング?」
「まあな。取り敢えず、他にいいのが思い付かなかった」
「・・・ありがとう。ところでこれ、左手の薬指にはめれば良いのかしら?」
 綾香はそういってくすくすと笑い出した。
「・・・あのなぁ・・・好きにしてくれ」
「ふふっ、ありがとう」

「と言う事で、はい、コレ浩之に」
 と、綾香はそう言って、鞄から何やら包みを取り出してオレに手渡した。
「? 何、コレ?」
「バレンタインのプレゼントよ」
 なぬ?
「・・・じゃ、じゃあ、もしかして・・・」
「うん、先月、私、バレンタインのプレゼント、渡して無かったの」
 ぺろっと舌を出して笑う綾香。
 ・・・そうか。するとなんだ、先月の記憶が無かったのは、忘れてたんじゃなくて・・・。
「元々貰って無かったから記憶が無かったのか」
「そう言う事」
「『そう言う事』、じゃねーよ! 人がどれだけ苦労したと思ってるんだ〜!」
「あら、バレンタインの贈り物はちゃんと今渡したわよ〜」
 綾香はそう言って逃げ出した。
「・・・やれやれ・・・全く、とんだホワイトデーだ事」
 溜め息をつきつつ、オレは綾香を追いかけて行ったのだった。

− 終わり −