「青と、白の軌跡」
(Episode:HMX−13・セリオ、来栖川 綾香(ToHeart)
セリオ誕生日おめでとうSS/小SSシリーズ・その18)


――その時、見上げると、世界は一面が青と白で覆われていて。
水はどこまでも青く、空には白い天井、床は白い床。
私は、思わずその光景に見とれていました――

− 1 −

「う〜、寒い〜」
 見渡せば、一面の雪景色。
 寒いのは当たり前だ。
「冬だもの、寒いのは当たり前でしょ?」
「・・・だからってなぁ・・・」
 その冬に、わざわざ北海道まで来る事もないだろう?
 オレは無言の抗議を綾香に送った。
「何言ってるのよ。北海道の冬のお祭りって、冬にしか見れないじゃないの」
 呆れたような顔をして、綾香がそう言う。
「そりゃまあそうだが・・・」
 オレは更に文句を言おうとしたのだが、綾香が目でセリオの方を差したので、言葉を飲み込んだ。
「それに、あの娘が来たいって言ったから、北海道を選んだんでしょ?」
「・・・ま、そうなんだが」


 そう。
 2月の連休に、誕生日のお祝いを兼ねてどこか旅行に行こうかとセリオを誘った所。
『・・・では、北海道に連れて行って下さい』
 と頼まれて、寒いのを我慢して北海道に来たと言う訳。


「・・・・・・」
 セリオは、オレと綾香が隣に来た事にも気がつかずに、ずっと雪像を見上げている。
「セリオ?」
「・・・あ」
「どした、セリオ?」
「・・・浩之さん・・・」
 ずーっと雪像を見上げていたセリオは、惚けた様な表情でオレの方を振り返った。
「初めて見る雪像はどうだ?」
「・・・不思議です・・・」
 ぽつりと、そう一言つぶやいて。
 セリオはまた雪像の方を見上げていた。
「何か、すごく気に入ったみたいね」
「そうだな。さっきからずっとあの状態だしな」


「で、明日はどうするんだ?」
 雪祭りの会場からホテルに戻った所で、オレは綾香に聞いて見た。
「えっとね、明日は支笏湖かな」
「支笏湖?」
 支笏湖ったら、札幌からも新千歳空港からも離れてる所じゃなかったか?
「ご名答。明日の朝のバスで行くわよ」
「綾香お嬢様、支笏湖に何があるのですか?」
「それは、明日のお楽しみよ♪」
「?」
 綾香のそんな答えに、オレとセリオは顔を見合わせるしかなかった。

− 2 −

「・・・ほぉ〜・・・これはまた・・・」
 見上げたその『氷』の固まり。
 氷像とかと言うモノでは無く、水を流して凍らせたような・・・言って見れば、鍾乳洞の氷版。
 しかし、その感じがまた、幻想的な雰囲気をかもし出していた。
「支笏湖氷濤祭り。丁度、札幌雪祭りと重なる時期に行われているから、両方見る事が出来るのよ」
「なるほど。コレはまた、雪祭りとは違った趣があって良いな」
「・・・そうですね・・・」
 そんな話をしながら、3人で会場を眺めて回る。
「・・・まあ、冬の北海道ってのも、たまにはいいかもな」
「でしょう?」
 やけに嬉しそうに頷く綾香。
「・・・あの、浩之さん、綾香お嬢様」
 と、先に歩いていたセリオが振り返った。
「ん? どした、セリオ?」
「あの・・・本当にありがとうございます」
 そう言って、ぺこりとおじぎをする。
「な〜に、気にしなさんな。誕生日祝いってのもあるけど、それ以上にこう言う良いモノも見れたし、結果オーライだ」
 そう言って、オレはセリオの頭をなでてやる。
「・・・ありがとうございます・・・」
「ふふっふ〜。セリオちゃ〜ん、お礼を言うのはまだ早いわよ〜」
 と、黙って聞いていた綾香が、突然そんな事を言ってきた。
 まだ早い?
「何だよ綾香、まだ何かあるのか?」
「もちろん。冬の支笏湖に来たら、コレをやらないと、ね♪」
 そう言って、綾香はさっさと歩き出した。
「浩之、セリオ、早くおいでよ。置いてっちゃうわよ」
「おいおい、ちょっと待てよ。・・・何だと思う?」
「・・・何でしょうね?」
 綾香を追いかけながら、首をかしげるオレとセリオ。

 そして。
 綾香に連れられて、行った先は・・・。

− 3 −

「スキューバダイビングぅ!?」
 見間違いかと思ってその看板をもう一度見て見たが、間違いでは無かった。
「・・・こんな時期に?」
「こんな時期だからよ」
 綾香がそう言った。
「しかし、冬だぜ? 湖ったって、凍ってるだろう?」
「ちっちっち。凍ってたらスキューバダイビングなんてやる訳無いじゃない」
「・・・凍らないのか、支笏湖って?」
「支笏湖は、北海道の湖の中では不凍湖として有名です。また、水の透明度が高く、年間を通してスキューバダイビングが人気を集めています」
 セリオが、サテライトでデータを拾ってきたらしく、そう解説してくれた。
「そっか・・・しかし、まさか、コレやるのか?」
 念のため、聞いて見た。
「もちろん」
 即答されてしまった。
「なあ、止めとこうぜ〜。いくら湖が凍らないったって、冷たいぞ?」
「大丈夫よ。その為に今日はここの近くのホテルに部屋を取ってあるんだから」
 綾香はそういってニヤリと笑う。
「冷えた体を温泉で温める。良いでしょう?」
「・・・。まあ、セリオの意見を聞いてからだな。セリオはどう思う?」
「・・・えっと・・・」
 軽く首をかしげて、考え込んでいるセリオ。
「セリオ、いい事教えてあげようか?」
「? 何でしょうか?」
 と、綾香が何やらセリオに耳打ちをした。
「あのね、ごにょごにょごにょ・・・」
「・・・本当ですか!?」
「うん、本当♪」
「浩之さん、ぜひ一緒にスキューバダイビングをしましょう」
 そう言って、セリオはオレの手を取ってそう言ってきた。
「お? ・・・おい綾香、お前、セリオに何を言ったんだ?」
「ん? べっつに〜?」
 そう言ってる割には、目が明後日の方向向いてるじゃね〜かよ。
 ・・・はぁ。
「・・・ったく。しょ〜がねぇなぁ」


 その後、インストラクターから簡単な説明を受けた後、オレ達は支度を整えて、ダイビングポイントまでやって来た。
「じゃ、行くわよ〜」
「おう。・・・んじゃ行こうか、セリオ?」
「あ・・・はい」
 こくんと頷くと、セリオはオレの左手をきゅっと握って来た。
「ん? どした?」
「あの・・・」
 少し不安そうな顔のセリオ。
 ま、無理もないか。
 オレは、少し強めにセリオの手を握り返してやった。
「あ・・・」
「じゃあ、行こうか」
「はい」

 ザパーン!
 飛び込んだ音が聞こえたかと思ったら、水の中のあの独特の音が聞こえ始めて来る。
 飛び込んだ時の気泡が徐々に消えて行き、次第に回りの様子が見えて来た。
『へ〜・・・これはなかなか』
 透明度が高いおかげか、かなり遠くまではっきりと青い景色が広がっている。
『来て良かったでしょう?』
『おう』
 綾香が来たがってたのも、何となく納得が行く。
 湖底は白い砂。所々に木が倒れていて、独特の風景が見える。
『どうだ、セリオ?』
 オレは、手を握ったままのセリオの方を振り返った。
『・・・世界が、青いですね』
 セリオは、回りをきょろきょろと見回しながらそう言った。
『皆さん、こちらへどうぞ』
 インストラクターの案内で、更に先の方へと泳いで行く。

 そうして、どのくらい湖の中の散歩を楽しんだだろうか。
『はい、みなさん、ここでちょっと小休止です。上をご覧ください』
 そう言われて、見上げた水面は・・・。
『氷の板?』
『はい。毎年この季節になると、支笏湖はこの部分だけが凍ります。ですから、ここに来ますと、丁度天井と床があるような状態になるのです』
『なるほど。ほら、セリオ、見てみな』
『・・・あ・・・』

その時、見上げると、世界は一面が青と白で覆われていて。
水はどこまでも青く、空には白い天井、床は白い床。
天井は、少し厚くて、でも日の光を通している、触ればすぐにでも割れてしまいそうな氷。
床は、どこまでも続く砂と、沈んだ木。水の中なのに、舞い上がる砂はほとんど無く。
そんな、青と、白の軌跡がどこまでも続く光景に。
私は、思わずその光景に見とれていました。

『おーい、セリオ?』
『・・・あ、はい?』
 どのくらい時間が経っただろうか。
 インストラクターの人が、『ではそろそろ帰りましょうか』と言わなかったら、恐らくはずっとその光景を見ていたに違いない。
『そろそろ帰ろうってさ』
 そう言って、オレはセリオに手を伸ばした。
『ほら』
『あ・・・はい』
 セリオは、そう言って、またオレの手を取って来た。


「青と、白の軌跡?」
「はい」
 湖から上がって、ホテルに戻った所で、感想をセリオに聞いて見た所、帰って来た答えがこれ。
「セリオって、意外と詩人としての才能あるかもね」
 横で聞いていた綾香がそんな事を言っていたが。
「まあ、そうかもな。・・・ま、ともかく、だ」
 オレは、売店で見つけて来た、湖底の写真が入った写真立てをセリオに手渡してやる。
 丁度、オレ達が見て来た風景と、同じような写真だ。
「あ・・・」
「誕生日、おめでとう、セリオ」
 セリオは、写真立てを受け取って、にこりと微笑んだ。
「・・・ありがとうございます」

− 終わり −