「勇気を出して、歩いて行こう」
(Episode:HMX−13・セリオ、HMX−12・マルチ(ToHeart)/
セ印30000アクセスありがとうSS/小SSシリーズ・その12)


・課題:『HMX−12・マルチ、HMX−13・セリオ』(課題付与:ちょべさん)

・キーワード:
*「梅雨」
 「私は、その為にこそ造られた存在(もの)ですから」
 「……それは、機械である私には不可能です」(キーワード付与:みす太さん)
*「バイク」
 「緑茶」
 「言うに事欠いてそんな…!」(キーワード付与:桐原 瞬さん)
*「茶碗」(キーワード付与:北村信治さん)
*「のろけ」
 「お前だけがたよりだ!」(キーワード付与:神谷真琴さん)
*「季節外れ」
 「いいの? ホントにいいの?」(キーワード付与:ちひろさん)

− 1 −

 それは、梅雨の長雨が続いていた、ある日の事でした。
 いつものように、私がマルチさんと一緒にゲームセンター前のバス停でバス待ちをしていた時の事です。
 数日前から降り続けている雨は、一向に止む気配が無く、ずっとアスファルトの地面を濡らしつづけています。
「それにしても、良く降りますね〜」
「そうですね」
 目の前を通りすぎてゆく車も、向こうの通りを歩いて居るご婦人の傘も、左の街路樹の根元にそっと咲いて居る紫陽花の花も。
 そして、私とマルチさんの傘も、降り続いて居る雨に濡れて居ました。
「でも、この雨が上がったら、夏ですね〜」
「そうですね」
「楽しみですね〜」
「ええ。今年も浩之さんにプールに連れて行ってもらいたいですね」
「はいっ!」
 私は、ちらりと時計を見ました。
 このバス停にバスが到着する時間を、既に6分13秒ほど過ぎて居ます。
 どうやらこの雨は、バスの運行にも支障をきたして居る模様ですね。
 早くやむと良いのですが。

 そんな事を考えて居た、その時です。

 キキーッ!!
 どん!!

 目の前で、バイクがスリップして横転、そのままガードレールに激突したのでした。
「はわはっ!! せ、セリオさん! じ、事故です!」
「はい!」
 次の瞬間、私とマルチさんは傘を放り出して、そのバイクのドライバーの方の側まで駆け寄って居ました。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「・・・・・・・」
 マルチさんの呼びかけにも、その方は反応しません。
「・・・医療看護用プログラム、ダウンロード完了。マルチさん、申し訳ありませんが、そこのゲームセンターから救急車を呼んで頂いて下さい」
「は、はいっ、解りました!!」
 マルチさんはこくんと大きく頷くと、そのままゲームセンターの方に走って行きます。
 その間に、私は簡単に事故を起こされた方の手当てを開始致しました。
「年齢・・・外見よりおそらく20代後半から30代前半。外見上は目立った外傷は無し。出血、その他も認められず。但し、意識は無し。呼吸は有り。事故のショックで気絶して居る物と予想・・・」
「セリオさん、救急車を呼んで頂きました。すぐに来てくれるそうです」
「そうですか。幸い、この方も外見だけでは特に大きな怪我をして居るようには見えませんね」
「そうですか、よかったです〜」
 そして私達は、救急車が来るまでその方のそばでずっと待っていました。

 やがて、救急車がやってきて、その方を乗せると、病院の方に向かいました。
 私達は、その後に来た警察の方に簡単な事情説明を行った後、その日はそのまま研究所の方に帰りました。
「・・・あの方、大丈夫でしょうか?」
「そうですね。大丈夫だといいですね」


 翌日、病院の方から連絡が有って、その方・・・冴木拓哉さんは足の骨を骨折したものの、命に別状は無いと言う事を知らされました。

− 2 −

 それから、数日後の事。
 あれだけ降って居た雨もあがり、久しぶりに青空が見える日になりました。
「セリオさん、今日はお天気が良いですね〜」
「そうですね。天気予報でも、今日の降水確率は10%となっております」
 そして、今日もマルチさんと一緒にバス待ちをして居る所です。
 でも、いつもの研究所行きのバスには乗りません。
 なぜなら・・・。

 それは、つい10分ほど前の事です。
「では、この前言って居た通り、今日お見舞いに行きませんか?」
 実は、天気が良くなった日に、拓哉さんのお見舞いに行こうと、マルチさんと決めていたのです。
「・・・そうですね。今日は天気も宜しいですし。一応、長瀬主任に連絡をしておきますね」
 私はそう言うと、サテライト経由で長瀬主任にメールを発信しました。
『本日、これよりこの前に言っていました、バイクで事故を起こされた方のお見舞いに行ってまいります。そのため、研究所に帰るのが多少遅くなる事をお許し下さい。 HMX−13・セリオ』
 メールの発信後、5分で返事が帰って来ました。
『ああ、解った。気をつけて行っておいで。 長瀬』
「長瀬主任から許可を頂きました。それでは、行きましょうか」
「はい!」

 拓哉さんが入院されて居る病院は、バスに乗って5つ先の停留所から降りて、そこより歩いて2分ほどの距離です。
 途中、私とマルチさんは、お花屋さんで小さな花束をお見舞い用に作って頂きました。
 そして、病院で看護婦の方に病室をお聞きして、病室に向かいました。

 こんこん。

「失礼致します」
「おじゃまします〜」
 病室に入ると、拓哉さんは足をギプスで固定して、それを天井から包帯で吊って居る状態で、ベットの上に寝て、本をと読んでおられました。
「ん? 君たち、誰?」
 拓哉さんは、首をかしげてこちらを見ていらっしゃいます。
「こんにちわ、私、試作メイドロボットのHMX−13・セリオと申します」
「HMX−12・マルチです」
「・・・ああ、君たちか、僕が事故を起こした時にそばに居てくれたロボットのお嬢さん達って?」
 そう言うと、拓哉さんは読んで居た本をそばに置くと。
「まあ、こんな状態だから何もおもてなし出来無いけど、まあそこのイスにでも座ってよ」

「でも、君たちにはすっかり迷惑かけちゃったね。本当にどうもありがとう」
 そう言って、拓哉さんはぺこりと頭を下げています。
「いえ、そんな、頭を下げて頂く事の事はしていませんよ〜」
「そうです。救急車を呼んで頂いたくらいの事ですし・・・」
 私達はちょっと慌てて、手を振ってそう答えます。
「まあまあ、そう言わずにさ。ともかく、君たちには世話になっちゃったんだから、お礼を言わせてくれ」
「・・・はぁ・・・」

 と、その時。
 ばたん。
「やっほ〜、拓哉〜。おとなしく寝てる〜?」
 そんな声とともに、一人の女性が病室に入って来られました。
「なんだ、由美か」
「何だとはなんだ、せっかくお見舞いに来てあげたのに・・・って、この子たち、誰?」
 由美さんと呼ばれた方は、私達の方を見て、ちょっと首をかしげていらっしゃいます。
「ああ、この子たちは、ほら、俺が転けた時に救急車を呼んでくれた子たち。ええっと、マルチちゃんとセリオちゃん、だっけ?」
 拓哉さんの言葉に頷いて、私とマルチさんは由美さんに自己紹介をします。
「・・・そうだったんだ。わざわざありがとうね〜、こんな奴の為に」
「おいおい、こんな奴呼ばわりは無いだろ〜?」
 そんな事を言いながら、由美さんと拓哉さんは軽く言い合いをしているように見えます。
「・・・あの、こんな事を言ったら失礼かもしれませんが・・・その、けんかをなさっているのですか?」
「へ?」「え?」
 マルチさんがそう言いますと、お二人は顔を見合わせて、次の瞬間ふきだすように笑い始めました。
「あははは! ほ〜ら、拓哉、程々にしておかないと、そういう風に見られちゃうよ」
「何言ってるんだよ、始めたのはお前だろう?」
「ほら、また」
「あ、いけね」
 由美さんは、私達の方を見て、優しい笑顔を浮かべながら、
「ゴメンね、何か誤解させちゃって。でも、コレが普段の私達の状態なの」
 とおっしゃいました。
「あの、でも、すごく言い合いをなさっていましたけど・・・」
「ま、言ってみればコレが私と拓哉のコミュニケーションの取り方かな? 大丈夫、仲は良いんだから。一応、婚約もしてるしね」
「はぁ・・・そうなんですかぁ・・・」
 思わず、私もマルチさんもあっけにとられてしまいます。
「人間の方って、不思議ですね」
「そうですね。まだまだ学習しなければならない事は多いですね」
 私とマルチさんは、顔を寄せ合って。
「・・・こういうのも、やっぱり『のろけ』って言うんでしょうか?」
「その辺は、綾香お嬢様あたりが詳しそうですから、今度聞いて見ましょう」

「では、私達はそろそろ失礼致します」
 時計を見て、そろそろ帰らなければいけない時間なのを確認して、私はそう言って立ち上がりました。
「あ、もう帰っちゃうんだ」
「ええ、この後研究所の方でメンテナンスを受けたりとか、色々やる事がありますので」
「ふーん・・・メイドロボットってのも、何か大変なんだね」
「いえ、そんな事は無いですよ〜」
「私は、その為にこそ造られた存在(もの)ですから」
「そっか・・・よくわからないけど、頑張ってね」
「マルチちゃん、セリオちゃん、また遊びに来てくれよ。君たちならいつでも歓迎だ」
「ありがとうございます」
「それでは、失礼致します」
 そう言って、私とマルチさんはおじぎをして、暇を乞い、病室を後にしました。

 帰り際、病室の方を振り返りますと。
『由美、すまんけどお茶入れてくれない? 緑茶のあっついやつ』
『うん、ちょっと待ってて・・・あら、湯のみ茶碗って、どこ?』
 仲の良さそうな声が聞こえて来て、私達はちょっとだけ安心しました。

− 3 −

 それから、数週間が経過しました。
 その間に梅雨は完全に開けて、やがて夏休みに入りました。
 私達は、「コレも試験運用の一つよ!」と言う綾香お嬢様と浩之さんに連れられて、キャンプ・海・山・夏祭り・花火と、浩之さんが言う所の「夏の定例行事」をこなしていきました。
 そんなある日、私が研究所の中庭の隅で、ヒマワリに水をやっていた所。
「せ、セリオさ〜ん! 大変です〜!!」
 マルチさんが何やら慌てた様子で私の所に走って来られました。
「マルチさん、そんなに慌てて、どうなさったのですか?」
「えっと、あの、拓哉さんと由美さん、本当に喧嘩しちゃったみたいなんです。先程、由美さんから電話がかかって来て、助けに来て欲しいって・・・」
「・・・解りました。すぐに向かいましょう」
 私とマルチさんはすぐに長瀬主任の所に行き、許可を頂いて、急いで病院に向かいました。

 病院に行き、病室のドアを開けようとしたその時、中から拓哉さんと由美さんが何やら言い合う声が聞こえて来ました。
『・・・だから、無理だって言ってるでしょう? 何でそれくらいの事も解らないのよ!?』
『お前が何か食べたい物が無いかって聞いたから言ったんだ! 責任持って買ってこい!』
 私とマルチさんは一度顔を見合わせると、そのまま中に入っていきました。
「失礼します」
「おじゃまします〜」
「あ、マルチちゃんとセリオちゃん」
「何だぁ? 由美、お前この子たち呼んだのか!? 何だって関係無い人間まで巻き込むんだよぉ!」
「・・・一体、どうしたのですか?」
「実はね・・・」

 由美さんの話によれば。
 何でも、拓哉さんの足は、もう歩ける状態まで回復しているそうなのですが。
 しかし、リハビリがうまくいかなくて、それですっかり拓哉さんは意気消沈してしまったらしく。
 それで、お見舞いに来た由美さんが拓哉さんを慰めようと、何か食べたいもののリクエストを聞いたそうなのですが。

「で、彼、何食べたいって言ったと思う?」
「・・・何ですか?」
「『柿』だって、果物の。季節はずれもいい所じゃない」
 そう言って、はぁっと由美さんはため息を一つつきます。
「この時期だと・・・ちょっと手に入りそうに無いですね〜」
 マルチさんも困ったような顔をしています。
「それともなんだ、お前ら、俺をすぐに歩けるようにしてくれるか? それならそれでもいいぞ?」
 拓哉さんはそんな事を言って来ます。
「そ、そんな、無理ですよ・・・」
「……それは、機械である私には不可能です」
 私はそう言って、少し考えた後。
「・・・でも、柿の方は何とかなるかもしれません」
 そう言いました。
「おっ? 本当か? 流石はメイドロボットだな。うし、お前だけがたよりだ! ガンバレ!」
「拓哉、言うに事欠いてそんな…!」
「大丈夫です、お任せ下さい・・・」
 心配そうな由美さんにそう言って、私はサテライトサービスにアクセスを開始しました。
「・・・検索終了、6件該当項目を発見。そのうち、条件に合う項目は1件。では、柿を注文致します」
「え? ね、ねえ、いいの? ホントにいいの?」
「はい」
 そう言って、私はにこりと由美さんに笑いました。

 そして、きっかり30分後。
 私の手元に、一つの荷物が届けられました。
「はい、拓哉さん、柿です」
 拓哉さんに手渡した物。それは・・・。
「・・・干し柿?」
「はい。柿とは聞きましたが、どんな柿、と言うのはおっしゃられませんでしたから、干し柿を送って頂きました」
「・・・・・・」
「わあ、セリオさんさすがです〜」
「セリオちゃん、すごい! 私もそこまでは思い付かなかったよ」
 拓哉さんはあっけにとられ、マルチさんと由美さんは手を取って喜んでいらっしゃいます。
「・・・拓哉さん。何かをやる前から諦めていたのでは、何も解決致しません。頑張って見て、それでもダメだったら、その時はまた別な方法を考えて見るべきですが、そうでなければ、出来る事を精一杯頑張って見るべきです」
「・・・出来る事を、精一杯、か・・・」
「はい。『勇気をもって、歩いていこう』です。もっとも、この言葉は私が考えたのでは無く、私の大切な人が言ってくれた言葉なのですが・・・」
 そう言いながら、私は、その言葉を言ってくれた、浩之さんの顔を思い浮かべていました。
「・・・そうか・・・そうだな」
 干し柿を見て、何やら頷いていた拓哉さんですが。
「・・・そうだな。ありがとう、セリオちゃん、マルチちゃん。そして、由美、すまん。俺、リハビリするわ」
「拓哉・・・うん、大丈夫、拓哉なら大丈夫だよ。私も居るからさ、頑張って!」
「私もお手伝いしますよ」
 マルチさんがそう言ってにっこりと笑います。
「もちろん、私もお手伝いさせていただきます」
「ありがとう、みんな。俺、頑張って見るよ」
 そう言った拓哉さんの表情は、とても爽やかな物でした。

− 終わり −