「『缶詰生活にセリオがいた場合』で小噺一つ」
(Episode:HM−13・セリオ(ToHeart)/小SSシリーズ・その11)
「それじゃあ先生、今日からここで缶詰してもらいますよ」
編集に連れて行かれた、いつもおなじみのビジネスホテルの一室。
それなりに高そうな部屋なのだが、編集がお金を出すので、宿泊費用が一体いくら位な物なのかは把握して居ない。
って言うか、現状ではそんな事を言って居る場合ではないのだが・・・。
「では、くれぐれもお願いしますね。3日後ですよ、3日後! それ以上は待てませんからね!」
そう言って、編集は部屋を出ていった。
まあ、部屋の前で俺が逃げださないか見張って居るんだが・・・。
「・・・やれやれ、困ったもんだなぁ・・・」
編集が出て行った後の扉を見て、ほうっと、ため息一つ。
「あの、失礼ですがこの場合は『自業自得』と言わざるを得ないのでは・・・」
溜め息をついて居ると、俺と一緒についてきたセリオがそんな事を言ってきた。
「はいはい、解って居ますって。ま、ここに入れられた以上は、やらなきゃならない仕事はこなすつもりだけどね」
「そうですね。私も、できるだけのお手伝いはさせて頂きます」
そう言って、セリオはにっこりと笑う。
うん、この笑顔だけでも勇気百倍、パワー千倍!(笑)
「よし、じゃあ取り敢えず、お茶入れて頂戴。俺は、さっそく原稿に取り掛かるよ」
「かしこまりました」
セリオがキッチンルームに行くのを見届けてから、俺は仕事かばんから、仕事道具一式を取り出した。
俺は、ちょっとは名前が売れて居る漫画家で、今日は締め切りが3日後に迫った原稿描きの為に、編集にホテルに缶詰にされたって訳。
ま、締め切りぎりぎりまで全く手をつけて居ない俺も悪いんだけど。
「よし、じゃあいっちょ本気出してやろうか〜! うりゃぁ〜!!」
言うが早いか、俺は鬼のような速度で原稿の下書きを始めた。
秘技「修羅場モード」発動である(笑)。
この技は、多用出来ないと言う欠点こそあれ、その原稿描きの速度は通常時のおよそ20倍、ピーク時で50倍にも達する、いわば伝家の宝刀というやつである。
がりがりがりがりがりがりがりがり。
「うりゃうりゃうりゃ〜」
がりがりがりがりがりがりがりがり。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ〜!」
がりがりがりがりがりがりがりがり。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ〜! よっしゃぁ、下書き終わりぃ!」
うそのような、本当の話。
話のネタと言う物は、既に頭の中で完璧に出来上がっている。
要するに、あとは書き出すきっかけさえ有れば、あっという間に出来る物なのだ。
「マスター、お茶が入りましたよ」
と、キッチンルームから小さなお盆を持ったセリオが戻ってきた。
「おう、こっちもちょうど下書きが終わった所だ。一息入れるかぁ」
「・・・相変わらず、エンジンがかかったら早いんですね」
ちょっとだけ驚いた顔をしてセリオがそう言う。
そりゃあそうだ、お茶を入れて戻ってくるあいだに下書きが終わって居るんだ、驚くなってほうが無理な相談である。
「それ、ほめてるの? それともけなしてるの?」
「あ、す、すいません・・・」
赤くなって、ぺこりと頭を下げるセリオ。
「イヤ、冗談だって」
俺はそういって、セリオの頭を軽くなでてやった。
「さ、じゃあお茶にしようぜ」
「はい」
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「よし、お茶も頂いたし、続いてペン入れ行くぞ!」
「はい、頑張ってください」
セリオが、後片づけをしながらそう言う。
・・・そう言えば、そろそろ腹が減る頃だ。
「そうだ、セリオ、ついでに飯の支度、頼むわ」
「かしこまりました。何かリクエストはございますか?」
「ん〜・・・そうだねぇ、じゃあチャーハンあたりで」
「はい、解りました」
そのまま台所に行くセリオの後ろ姿を見送った後、俺は再び「修羅場モード」に入った。
がりがりがりがりがりがりがりがり。
「うりゃうりゃうりゃ〜」
がりがりがりがりがりがりがりがり。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ〜!」
がりがりがりがりがりがりがりがり。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ〜! よっしゃぁ、ペン入れ終わりぃ!」
自分でも驚くべき速さである。
「よし、じゃあついでに仕上げも行こうか。ま、時間もあまって居るし、仕上げはのんびり行こうかな」
と、そんな事をやって居ると、セリオがチャーハンをもって部屋に戻ってきた。
「はい、ご飯の支度ができました」
「お、ありがと。じゃあ、飯にするかな?」
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「ごちそうさまでした」
食べおわって、そのままじゅうたんの上に転がる。
「ふ〜・・・あ〜、何か幸せ〜」
「ふふっ、おつかれ様でした」
そんな俺を見て、何やらうれしそうにセリオはそう言った。
「あそーだ、ついでにさ、アレ、お願い出来る?」
ふと思い付き、俺はセリオにそう言う。
「え? 今からですか?」
セリオは、ちょっと驚いた顔をする。
「そう、今から」
「でも、原稿のほうは・・・」
「もうペン入れまで終わってるから全然余裕」
「・・・解りました。では、ベットの方に・・・」
「おうっ!」
俺はセリオの手を引いて、ベットのほうに向かった・・・。
「ふ〜・・・あ〜・・・」
「痛い所とか有りませんか?」
「あ〜・・・全然大丈夫〜・・・」
「そうですか。では続けますね」
「お〜・・・」
そして、ベットの上でマッサージをしてもらって居る訳で。
・・・そこ、今変な想像しなかったか?(笑)
そしてその日はそのまま寝てしまった。
次の日。
「んじゃ、コレに消しゴムかけて。俺はそれが終わったのから順に仕上げてくよ」
「かしこまりました」
消しゴムかけからは、セリオにも手伝ってもらって居る。
これは、いつもの事。
こうして、3日の缶詰予定は2日で(正確には1日半)終わりを告げた。
「ふぅ〜・・・やっぱり太陽の下に出れるってのは、気持ちがいいなぁ」
「ふふっ、そうですね」
思いっきり伸びをして居る俺を、セリオは笑って見て居た。
「・・・じゃ、帰ろうか」
「はい、マスター」
そう言うまでもなく、俺達は手を繋いで家に帰っていったのであった。