「風邪、時々誕生日」
(Episode:HMX−13・セリオ(ToHeart)/セリオ誕生日おめでとうSS/小SSシリーズ・その10)
2月11日。
その日は、朝から体がだるかった。
「浩之さん、お昼ですよ」
いつもと変わらない休日の昼。
いつもの様にセリオが起こしに来た。
いつもだったら、起き上がって挨拶をするんだが・・・。
今日に限って、体が動かない。
「・・・浩之さん? お約束の時間ですよ?」
そう言えば、昨日セリオにこの時間に起こしてくれって頼んでいたっけ。
「・・・お〜・・・」
それでも何とか、のろのろと起き上がる。が、その瞬間、風景がぐにゃりと歪んだ・・・様に見えた。
「おっと・・・電波でも飛んで来たか・・・?」
「?」
のろのろと起き上がって、セリオの方を向いて。
「・・・を?」
「・・・あっ?」
・・・そして、そのまま倒れ込んでしまった。
どたん。
「・・・浩之さん? ・・・あ」
と、セリオがオレの様子がおかしいのに気がついたらしい。
さっと、額に手を当ててくる。
ああ、セリオの手がひんやりしていて、気持ちいい・・・。
「・・・体温、37.5度。・・・浩之さん、風邪を引いてしまわれたのですか?」
そう言いながら、セリオはオレをベッドに座らせてくれた。
「ああ・・・どうやらそうらしいな。ま、このくらいなら大丈夫だろう」
そう言って、着替えを始めようとする。
「ダメです、先程も倒れたじゃないですか」
「イヤ、しかしなぁ、今日大学に行かねぇと、単位がヤバい教科が一つあるんだわ」
「そうなのですか?」
「ああ。この前、うっかりレポート出し忘れた教科が一つあってな。担当のT教授の所に行ったら、今日、T教授の所に行くってことでチャラにしてくれるってよ」
・・・実は、これはウソである。
祭日にわざわざ大学に来るのは、せいぜいが卒論の追い込みをしている4回生か、あるいは何かの行事をするサークル連中くらいなもんだ。
今日は、どうしても街に行かねばならない用事があったのだ。だが、セリオにそれを感づかれてはいけない。
ウソも方便って奴。許せ、セリオ。
「・・・では仕方ありませんね。でも、くれぐれもご無理はなさらぬように」
そう言ってセリオは立ち上がる。
「消化に良い物と風邪薬を用意しておきます。あと、あかりさんにも伝えておきますね」
「ああ、すまねぇな」
「いえ。では」
そう言い残して、セリオは軽い足音を残して下に降りて行った。
「・・・さて、今日は気合いで切り抜けるか」
オレはそう言って自分のほっぺたを2〜3回叩くと、着替えを始めた。
「・・・でも、浩之ちゃん、本当に大丈夫?」
約1時間後、オレとあかりは、おなじみのコースをたどって商店街に向かっていた。
「おう、大丈夫だ。風邪薬もしっかり飲んだしな。ま、今日一日おとなしくしていれば、明日には治るだろう」
「おとなしくしているって言うのは、寝ている人の事を言うんだよ?」
そう言って、あかりは困ったような顔をする。
「へいへい、解ってるって。でも、明日の今日だから、こればかりは外す訳にもいかねぇしな」
「うん、明日はセリオちゃんの誕生日だもんね」
「おう」
そう。明日、2月12日はセリオの誕生日なのだ。
そこで、オレとあかりはセリオの誕生日を祝ってやろうと、あかりと二人で街に買い物に出て来た訳だ。
無論、セリオには内緒にしてある。セリオの奴、その事を知ったら絶対に気を回すに違いないからな。
それと、悪いがマルチにも内緒にしてあった。マルチは、こう言う秘密事を隠し通すのが苦手だから、セリオに問い詰められたら、うっかりと話してしまいかねない。
「でね、浩之ちゃん?」
「あん? 何だ?」
「セリオちゃんに買ってあげるプレゼント、決まった?」
「おう、ばっちり」
実は、オレは既に何をプレゼントしようか決めていた。
それがどこで売っていて、いくらする物なのかもしっかり把握している。
「そう言うあかり、お前はどうするんだ?」
「うん、私はこれ」
そう言って、あかりはちょうど通りがかったとある店のショーウィンドウの前で立ち止まった。
「・・・スニーカー?」
「うん。ほら、この前雨降ったよね? あの時、セリオちゃん傘忘れて行ったらしくて、ずぶ濡れになって帰って来たじゃない」
「・・・ああ、そう言えばそんな事もあったなぁ。セリオが忘れ物なんて、珍しいって驚いたけど」
「うん。それで、その時にはいていたスニーカー、雨でダメになっちゃっていたんだ」
「なるほど。それでスニーカーか。いいアイデアじゃね〜の?」
「うん」
あかりはそう言ってにっこりと笑った。
「そう言う浩之ちゃんは、何にしたの?」
「オレか? オレはだなぁ・・・」
丁度お目当ての店に到着したので、オレはその店に並べられている売り物の一つを指差した。
「これだ」
「うん、いいと思うよ」
あかりもにっこりと笑う。
「で、色は何色がいいと思う?」
「セリオちゃんの好きな色とかは?」
「・・・セリオの好きな色か・・・」
「あ、浩之さーん!」
店を出ると、丁度晩飯の買い出しに出ていたマルチと出くわした。
「今お帰りですか?」
「おう、マルチもか?」
「はいっ!」
嬉しそうにオレ達の所に駆け寄ってくるマルチ。
「じゃ、一緒に帰るか」
「はい!」
「・・・あ、そうそう、浩之さん、ちょっとお伺いしたい事があるのですが・・・」
「ん? どした、マルチ?」
オレが聞き返すと、マルチは何やらポケットからメモ用紙の様な物を取り出した。
「えっと、明日のセリオさんのお誕生日にさし上げるプレゼントですけど、私これだけ思いついたのですが、何がいいと思います?」
「・・・マルチ・・・」
「あ、明日までセリオさんには秘密ですよ〜。明日、いきなりお渡しして、驚かせようと思っていますから」
「・・・浩之ちゃん?」
はは、こりゃあ参ったな。
「・・・よし、見せて見ろ、オレ達も一緒に考えてやる」
「わぁ、ありがとうございます〜!」
どうやら、オレ達の心配は杞憂に終ったらしい。
2月12日。
案の定、風邪は悪化していた。
とほほ〜。
「じゃあ、行ってくるけど、おとなしく寝ててよ?」
「・・・お〜・・・」
あかりに言われるまでもなく。今日は、起き上がれる体力も無い。
くそ、昨日無理したのがまずかったか。
「できるだけ早めに帰ってくるようにはするよ」
「お〜・・・」
返事だけであかりを見送って、オレはそのまま目を閉じた。
どのくらい時間がたっただろうか。
ふと、額にひんやりした物を乗せられた感覚で、目が覚めた。
そのまま、頭がなでられる。
・・・何か、すごく安心する。
でも、一体誰だ?
気になったオレは、薄目をあけてみた。
ちょうどその時、手が引っ込められる所が見えた。
あの手は・・・。
「・・・セリオ?」
「あ、起こしてしまいましたか? 申し訳ありませんでした」
「いいよ、別に。それより、今、何時だ?」
「3時を回った所です」
「そうか・・・」
ずいぶんと寝ていたらしい。まあ、おかげですっかり楽になったが。
「浩之さん、何か召し上がりますか?」
「・・・いや、今はまだいい」
「そうですか。他に、何かお世話する事はありませんか?」
「・・・そうだな、じゃあ、さっき頭撫でてくれてただろう? アレやってくれ」
「・・・はい、かしこまりました」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらく、そうしてオレはセリオに頭を撫でられていた。
「・・・ところで浩之さん?」
「・・・あん? どした?」
「今日、帰り際にT教授にお会いしたのですが・・・」
うぐ。
「・・・浩之さん、昨日はT教授は大学には来てらっしゃらなかったそうですが・・・」
・・・ばれちまったのか、しょうがね〜なぁ。
と、ずいっと、オレの顔の前にセリオが顔を寄せて来た。
「一体、こんなに風邪を悪化させてまで、どこに行っていたのですか?」
・・・顔が笑っていない。
「・・・ばれちまったんなら仕方ねぇな。セリオ、オレの机の、上から2番目の引き出し、開けてみ」
「・・・机の引き出し、ですか?」
セリオは首をかしげながらも、言われた通りに机の引き出しを開ける。
「・・・何か、リボンの付いた包みが入っていますが・・・」
「おう、それ、ちょっとこっちに持ってきてくれ」
「はい」
セリオは、包みを持ってオレのそばに戻った。
「じゃあよ、それ、開けて見な」
「・・・え? あの、宜しいのですか? どなたかにさし上げる物では・・・」
「お前にさしあげる物だから、いいの」
「え? わ、私に、ですか?」
「そ。ほら、早く開けて見な」
戸惑いながらも、包みを開くセリオ。
「・・・これは・・・カチューシャですね」
中には、薄い青紫色のカチューシャが一つ。
「でも、何故です?」
「今日は、お前の誕生日だろう?」
「あっ」
そう言われて、はっとするセリオ。
「・・・で、では、わざわざ私のために・・・?」
「ま、そんな所かな」
「そ、そんな・・・」
セリオは、カチューシャをじっと眺めていた。
どのくらい、時間がたっただろうか。
「・・・浩之さん」
呼ばれて、セリオの方を向くと。
「・・・せ、セリオ?」
セリオは、目に一杯涙をためていた。
「私の誕生日のプレゼントのために、浩之さんがお体を壊してはダメです。・・・それでしたら、私は別にプレゼントなんか・・・」
「・・・それは違うぞ、セリオ」
「え?」
「確かに誕生日のプレゼントって形は取っているけど、それ以上の意味も含まれてるんだ、そのカチューシャには」
「それ以上の、意味・・・?」
「そ。ま、普段からいろいろ世話になっている礼とか、そう言った1年間の感謝の気持ちと、これからの1年もよろしくって意味も含めてな」
「浩之さん・・・」
「だから、それはただのプレゼントとは、訳が違うんだ。・・・まあ、今回はオレも悪かったって反省してる。だから、受け取ってくれ、な」
「・・・はい」
「じゃあよ、早速だけど、それ付けてみせてくれねぇか? セリオなら似合うだろうって思って買ったんだけどよ」
「解りました」
セリオは頷き、早速カチューシャを頭に付けた。
「おお、思っていた通りだ。薄紫色って、確かセリオの好きな色だったよな?」
「はい、お庭に咲く紫陽花と同じ色です」
紫陽花と同じ色のカチューシャは、セリオの髪の毛の色と良くあっていた。
「うん、よく似あってるよ」
「・・・ありがとうございます」
そう言って、セリオはぺこりとおじぎをして。
そのまま、オレの方に顔を寄せて来た。
「な、セリ・・・」
そして、そのまま口を塞がれた。
簡単に、唇が触れ合う程度のキス。
「・・・私の、気持ちです」
そう言って、セリオはにっこりと笑った。
それは、とても素敵な笑顔だった。
このCGは、桐原 瞬さんに頂きました。ありがとうございました。