「『メモ帳』で小咄一つ」
(Episode:HMX−13・セリオ(ToHeart)/小SSシリーズ・その6)
その日は、数日後に試験を控えていると言う事もあって、オレは単語帳をめくりながら歩いていた。
「えーっと・・・plenty・・・『たくさん』だったか? お、当り。次、えー・・・」
そんな調子で、前も見ないで歩いていたもんだから。
どん。
誰かにぶつかってしまった。
いけねぇ、オレの完全不注意だ。
「っと、ワリぃ、オレの不注意だった・・・って、え?」
謝りつつ顔を上げて見ると、そこには。
「・・・お勉強をなさっていたのですか?」
目の前には、すこし驚いたような顔をしたセリオが立っていた。
「うちの学校、今週末に英語のテストがあってよ。んで、点数悪かったら補習とか言い出しやがったから、まあたまには本気出さないとな」
「そうでしたか・・・」
んで、何か一緒に帰り道歩いている訳で。
って言うか、何か最近、セリオがこっちに来る事が多い。
寺女って、ここから結構遠い筈なんだが・・・謎だ。
「ところで、浩之さん?」
「ん? 何だ?」
「その・・・私とぶつかった時に見ていらっしゃった、あの小さいものは何ですか?」
「へ? ・・・ああ、単語帳か?」
オレはそう行って、ポケットに突っ込んだ単語帳を手渡してやる。
「・・・これは一体、何をする物なのでしょうか?」
単語帳を受け取ったセリオは、興味深そうにめくったりひっくり返したりして居る。
「まあ、メモ帳の勉強に使う限定品みたいなもんだな。これの表に、覚えたい事柄を書いておいて、裏に答えを書いておく」
「・・・はい・・・」
「んで、繰り返しこれを眺めて覚えるのに使うんだ。まあ、試験のためのアンチョコだけどな」
「なるほど・・・」
「って、メモごときでそんな感心するなよ・・・」
まったく、この文明の落とし子のお嬢さんと来た日には。
その後、あまりにも興味を惹いてしまったらしいので、オレはセリオにメモ帳を買ってプレゼントしてやった。
何か凄い喜んでいたけど・・・メモ帳で喜ばれてもなぁ・・・。
それから更に数日後、試験が終った日。
「ふああ〜っ! やっと地獄から開放された〜」
オレは、一つ伸びをすると、鞄を持ち上げ、帰る事にした。
今日は特に用事も無いし、まあテストが終った祝いでゲーセンでも寄って行こうかな。
そんな事を考えながら、校門を出たその時。
「あ、来た来た。浩之〜!」
何故かそこに、綾香が居た。
「・・・よお、何でこんな所に綾香が居るんだ?」
「細かいことは気にしないの。それよりも浩之、あなたセリオに今度は何をしたの?」
・・・今度は?
「ちょ、ちょっと待てよ、一体何の話だかさっぱり解らんぞ?」
「・・・じゃあ、アレは何?」
綾香が視線で示す方向を見て見ると・・・。
「・・・それはですね・・・」
ぱらぱらぱらぱら。
「・・・ここにありました。えっと、この時期に咲く桜と言うのは、季節外れの桜でして、それを称して人間の方は『狂い咲き』と称されるようです」
「そうなんですか〜」
狂い咲きしている桜の木の下で、マルチにセリオが何やらメモ帳を見ながら講義していた。
・・・って、メモ帳?
「浩之がセリオにメモ帳をあげて以来、あの子ったらずっとあの調子なのよ・・・」
「・・・そ、そうか・・・」
「全く、何でも影響受けやすいんだから、程々にしておいてってあれほど言ったのに・・・」
やれやれと、肩をすくめる綾香。
「・・・スマン」
ぱらぱらぱらぱら。
「そもそも、桜の狂い咲きと言うのは・・・あれ、こっちだったでしょうか?」
ぱらぱらぱらぱら。