「海に行こう!」
(Episode:セリオ・マルチ・真理・綾香(ToHeart)/小SSシリーズ・その4)


− 1 −

 みーんみーんみーんみんみんみんみん・・・。
「ふぅ、はぁ・・・浩之さ〜ん、暑いですねぇ」
「・・・ああ、そうだなぁ」
 夏。
 日差しは容赦なく照りつけ、じりじりと焼きつける。
 マルチと一緒に出た買い物の帰り。
 一応、日差しがゆるくなった時間を狙って出たのだが、やはり暑い物は暑い。
「帰ったら、麦茶でも飲むかぁ」
「そ、そうですねぇ・・・」
 マルチやセリオはロボットだが、温度調整を行うために水を飲めるようになっていた。
 ちなみに、飲んだ水がどうなるか前に聞いてみたら、『汗とか、後は・・・そ、その、おトイレで・・・』ということらしい(マテ)。


 公園を抜け、家に帰りつく。
「や、やっと着きました〜」
「そうだな、今日は特に暑いや。早く家の中で涼しくしよう」
「はい〜」
 ちなみに、わが家にはエアコンと言う文明の利器は、残念ながら無い。
 理由は簡単、わが家に押し掛け女房同然でやってきた二人のメイドロボットのお嬢さん達が使う電気代に取られているからだ。
 ま、扇風機だけでも無いよりはましだし、愛する二人のが居れば、暑さなんて何のその。
 ・・・いや、でも、暑いものは暑いけどな。
 かちゃ、がちゃり。
「お〜い、セリオ〜、今帰ったぞ〜」
「セリオさ〜ん、ただいまです〜」
 オレは、奥に居るであろうセリオに声をかけて、家の中に上がり込んだ。
 ・・・が、どうした事か返事が無い。
「・・・あれ? セリオのヤツ、どうしたんだ?」
「さあ?」
 マルチと顔を合わせて首をかしげつつ、居間に入ると・・・。

 そこには、たれているセリオの姿があった。
「ええっ!? セリオさん、たれぱんださんになっちゃったんですかぁ!?」
 ・・・スマン、間違った。

 そこには、倒れているセリオの姿があった。
「セリオさん!!」
「せ、セリオ!」
 オレはあわてて駆け寄ると、セリオを抱き起こした。
 と、セリオの体が、妙に熱い事に気が付いた。
「おい、セリオ! どうしたんだ!」
「・・・あ・・・ひ・・・ろゆ・・・きさ・・・」
「どうしたんだ、一体? こんなに熱くなっちまって? 故障か?」
「いえ・・・あの・・・その・・・あ・・・」
「・・・あ?」
「あ・・・あつくて・・・」
 ぱた。
 オレはその場に倒れ伏した。
「・・・つまりなんだ、セリオ君。君は暑さのあまりたれていたと」
「た・・・たれていたの・・・ではなくて、倒れて・・・いたのです・・・」
 うぐっ。
 暑さで倒れていたくせに、鋭いツッコミだな、セリオ。
「・・・解った。よし、じゃあマルチ」
「はい?」
「ちょっとセリオに冷たい飲み物を飲ませてやっておいてくれ。オレは水風呂入れて来るわ」
「はい、解りました〜」
 オレはセリオをマルチに預けると、風呂場に向かった。


『ふう・・・生き返った気分です』
『そうですか〜、良かったです〜』
 風呂場のほうから二人の話し声が聞こえて来る。
 冷たい麦茶を飲ませて話を聞いたところでは、セリオのヤツ、この暑さで冷却機構に多少の異常が発生しているらしい。
 オレはセリオをマルチに任せて水風呂に入れさせると、長瀬のおっさんの所に電話をした。
『・・・そうでしたか。イヤ、実は量産セリオ達にも似たような症状が多数出ておりまして・・・。今年はどうやらこちらで予想していた活動源界を越えた暑さらしいです』
「じゃあ、どうすれば良い?」
 オレは長瀬のおっさんに聞き返した。
『そうですね。取り敢えず水風呂に入れていただいているなら、当面の活動には支障有りませんが、そのまま放置して置くとまた同じ症状が出るとも限りませんし、明日にでもセリオをこちらによこしてもらえませんか?』
「どうするんだ?」
『今よりも更に強力な冷却機構を取りつける事にします。コレで多分大丈夫になるとは思いますが』
「そうか。んじゃそうするわ」
 オレはそう言うと、話題を変えた。
「ところで、マルチはどうして暑さでばてないんだ?」
『ああ、マルチの場合はセリオよりも強力な冷却機構が最初から内蔵されているんですよ』
「へぇ・・・」
『これはそもそもマルチとセリオのマーケッティング対象の違いに理由がありまして・・・』
 そんな話を延々10分も聞かされた。
 頼むから早めに切り上げてくれよぉ・・・。

 電話を切って居間に戻ると、ちょうどマルチとセリオが風呂から上がって来た所だった。
「よお、少しは冷えたか?」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 そう言ってセリオはぺこりとおじぎをする。
「ま、気にすんなって。この暑さで人間だってばてるんだ。お前達がばてても仕方ね〜だろ?」
「はあ・・・」
 やっぱりこの暑さは、セリオのコンピューターにも悪影響を及ぼしているらしい。
「・・・そうだなぁ・・・今度、海にでも行くか?」
 オレは、ふと思いついた名案を口にした。
「海、ですか?」
「わ〜、私、海に行った事ないから行ってみたいです〜」
 マルチは即座に賛成して来た。
「セリオ、どうする?」
 セリオは小首を傾げて少し考えた後。
「・・・はい、私も行きたいです」
 と答えた。

「と言う訳で、今度の日曜日、海にでも行きたいと思うんだけど、どこかいい場所知ってね〜か?」
『・・・話は解ったケド。何で私の所に電話して来る訳?』
 電話口に出て来た綾香はそう言って来た。
 何か冷たい視線でにらんでいる様子が目に見えるようだ。
「そりゃあ、アレだ。一応この前のお礼を兼ねて一緒にお誘いしている訳で」
 実は、綾香には借りが一つあった。んで、この際だからその借りを返すべく、綾香も海に誘っている訳だ。
 ま、場所の選定はめんどくせ〜から綾香に任せようという訳だが。
『ま、いいけどね。私もそのうち誘おうと思っていた所だから、ちょうどいいわ』
 そう言うと、綾香はわざとらしくこほんと一つせき払いをして、
『じゃあ、うちのプライベートビーチはどうかしら?』
 と言い出した。
「おいおい、いきなりそんな豪華な所、良いのかよ?」
『別に、豪華って言っても、普通の海岸よ? それに、こじんまりとしているからあまり海水浴って言う気分には浸れないかもしれないケド』
「・・・ま、お前がそういうなら間違い無いんだろう。じゃあ、そこにするか」
『そう言うと思った。じゃあ、当日迎えに行くわ』
「サンキュ。んじゃ、またな」
『うん。じゃあね』

− 2 −

 そして当日。
 連れて来られた先は・・・来栖川家所有の、南方の名も知らない小島だった。
「・・・おい」
「ん? なあに?」
「海岸とは聞いていたけど、『小島』とは聞いていないぞ?」
 オレは側に居る綾香にそう言った。
「あら、海岸は有るわよ。この島全部海岸みたいな物でしょう?」
 そう言ってにこりと微笑む綾香。
 ・・・小悪魔め。
「うわあ〜! す、すごいです〜!」
 マルチは目の前に広がる景色にすっかりと圧倒されているようだった。
「素敵な場所ですね」
 コレはセリオ。ま、マルチもセリオも楽しそうだから、良いか。
「あのっ、あのっ・・・す、すごい所ですね・・・」
 おっと、忘れる所だった。真理も一緒につれて来たんだったっけ。
「さ、じゃあさっそく泳ぎましょうよ」
 綾香がそう言ったので、そうする事にした。
 ・・・って言うか、ここじゃ他にする事ね〜けどな。


 どこまでも続く青い空、空に浮かぶ白い雲、目の前に広がる大海原。
 ばちゃばちゃ。
「セリオさ〜ん! こっちですよぉ!」
「はい、只今参ります」
 そして、はしゃぐお嬢さん達。
 ん〜、夏はやっぱ、海だよなぁ。
「な〜に浸ってるのよ、浩之ってば? はい、コレ」
 綾香がジュースを持ってきてくれた。
 ・・・いかんいかん、あっちの世界に行きかけてたようだ。
「お、さんきゅ。 ・・・しかし、あいつら、はしゃぎ過ぎじゃね〜のか?」
 オレはそう言うと、波打ち際に視線を向けた。
 そこでは、波とたわむれるロボット3人娘(?)の姿があった。
「いいんじゃないの? 楽しそうなんだし。大体、海に彼女たち連れて行こうって言い出したの、浩之じゃないの」
「・・・そうだったな」

「真理、こっちですよ〜」
「あ、あのっ、あのっ!(汗)」
「いかがされましたか、真理さん?」
「こ・・・恐いです・・・」
「大丈夫、ほら、私につかまってください〜」
 ぐいっ。
「あっ」
 ちゃぽん。
「きゃっ!? ・・・つ、冷たい・・・」
「ほら、大丈夫でしょう?」
「は、はい・・・」

「・・・へぇ」
 マルチの奴、すっかりお姉さんだなぁ・・・。
 って言うか、真理の奴、相変らず何につけても弱気だなぁ・・・。
 ま、生まれついてしまった性格なんだろうから仕方ね〜けどな。
「ねぇ、私たちも泳ぎに行きましょうよ」
 ぐいっ。
 綾香に腕を引っ張られて、半ば強引に起こされる。
「ったく、しょうがね〜なぁ」
 オレはそう言うと、マルチ達の方に走っていった綾香の後を追った。

 綾香に追いついたオレは、軽く体操をしたあと、マルチ達に声をかけた。
「よし、じゃあマルチ、セリオ、真理、泳ぐぞ」
 その声に、3人がこちらを向く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 そして、黙り込む3人。
「ん? どした?」
 と、後ろから綾香が脇を突っついて来た。
「(小声で)浩之、浩之」
「なんだ、綾香?」
「あの子達、ロボットなのよ?」
「・・・だから?」
「泳ぎなんて教えてもらってると思う?」
「あ・・・」
「それ以前に、彼女たち『水に浮く』事も難しいと思うんだけど・・・」
「・・・そ、そうなの?」
 恐る恐る3人に聞き返すと・・・。
「「「・・・・・・」」」
 こくん。
 3人の頷きが帰って来た。
 マジかよ(汗)。

「よし、いいか、これはお前達の為に有る様な理想的なオプションだ! コレさえアレば、仮に泳げなくてもコレにつかまって居れさえすれば、浮かんで居れる」
 と言って、3人の前に『浮き輪』を置いてやる。
 ちなみに、ちゃんと空気も入れてやった。
「コレの中に、こうやって・・・」
 と、浮き輪をマルチにくぐらせる。
「・・・こんな風に使う。まあ、セリオなら浮き輪に関するデータくらいサテライトサービスとかにあるんじゃね〜の?」
「・・・はい、一応は・・・」
「よし、じゃあ問題無し。さっそく、浮いて見ろ。ほれほれ」

「浩之さ〜ん! 浮かべました〜!」
「あのっ、あのっ・・・わ、私もです・・・」
「私も浮かべました」
 嬉しそうに浮き輪につかまってぷかぷか浮いて居る3人。
「くすっ。何かいい光景ね」
「ああ、そうだな。よし、じゃあオレ達も行くか」
「そうね」
 オレはそう言うと、綾香と共に3人が浮いて居る所まで泳いでいった。
「じゃあ次。セリオ、泳ぎの仕方とかって、サテライトサービスには無いのか?」
「少々お待ちください、現在データを検索中です・・・ありました」
「んじゃ、セリオは問題なし。問題はマルチと真理か」
 そう言うと、オレはマルチと真理のそばに行った。
「泳ぎ方にはいくつかの方法があるんだけど、この場合浮き輪につかまっているから、手は使えない。すると、泳ぐには何を使うと思う?」
「えっと・・・足ですか?」
「そうだ。足を、こう・・・」
 海の中でばたつかせて見る。
「こう言う風にすると、まあ前に進める訳だ。じゃ、やってみな」

 ぱちゃぱちゃ。
 ぱちゃぱちゃ。
 浮き輪につかまり、楽しそうに泳ぐ3人。
「何か微笑ましいわね」
「そうだな」
「連れて来て正解だったわね〜」
「そうだな」
 綾香とそんな話をしながら、オレは楽しそうに泳いでいる3人を眺めていた。
「・・・さて。じゃあオレ達ももうひと泳ぎするか」
「そうね」
「よっしゃ、じゃあ競争だ」
「あら、この私に勝負とはいい度胸ね?」
 そう言って綾香はにやりと笑う。
「ま、何事もやってみなけりゃ解らんからな」
「そうね。じゃ、行くわよ!」
 そう言うと、オレ達はまた3人の所まで泳いで行った。

− 3 −

 その日の夜。
「むにゃむにゃ・・・こんなに泳げました〜」
「すーっ・・・私も泳げましたよ・・・」
「・・・・・・泳げました・・・嬉しいです・・・」
 昼間はしゃぎすぎた3人は、既に夢の世界へと旅立っていた。
 オレは、窓際に座って波の音を聴きながら、そんな幸せそうな3人の寝顔を眺めていた。
「やっほ〜、浩之〜」
「しーっ。静かにしろよ」
 少しにぎやかにやって来た綾香に、オレは3人を指差してやる。
 綾香は、少ししまったと言う顔をして、オレの隣に座った。
「ふふ、幸せそうな顔して寝てるわね〜」
「そうだな」
 オレは頷くと、改めて3人の寝顔を眺めた。
「次は、どこにつれて行くつもりなの?」
「そうだなぁ、やっぱり海と来たら山かなぁ・・・って、お前何言ってるんだよ?」
 突然ふられた話に思わず反応してから、オレは聞き返していた。
「え? だって、浩之ったら、夏祭りもそうだったけど、事ある毎に必ず彼女達を連れて行くじゃないの」
 綾香はそう言ってクスクスと笑った。
「そりゃあ、あれだ。こいつらにだって、どこかにつれて行ってやったほうが、人生の経験としてはいい物があるだろうし・・・」
「ま、そういう事にして置きましょうか」
 そう言って、相変わらずくすくすと笑いつづける綾香。
 何だかなぁ。

「・・・そうね。じゃあ、次は落ち葉拾いとか、良いと思わない?」
 唐突に、綾香がそんな提案をして来た。
「落ち葉拾いか・・・そう言えば、もう少しするとそんなイベントが出て来る季節だな」
「でしょ? どう?」
「・・・そうだな、考えて置くか」
 マルチやセリオ、真理を連れての旅は、まだまだ終わりそうにない。
 そんな事を考え出したオレの耳に、3人の寝言がまた聞こえて来た。
「「「・・・また、連れて行って下さい・・・」」」

− 終わり −