「人騒がせな誕生パーティー・番外編」
(Episode:来栖川綾香中心の一部キャスト(ToHeart)/小SSシリーズ・その3)
日付は浩之が公園で昼寝をする日よりも数日ほど遡る。
「・・・暇だわ」
卓上カレンダーを眺めていた綾香は、そうつぶやくとベットの上に寝転がった。
ぱふっ。
寝転がりながらも、手に持った卓上カレンダーをまだ見つめる。
カレンダーは丁度今度の連休の部分が出ていた・・・が、その下の空欄には、何も予定が書き込まれていない。
「受験勉強・・・だけって言うのも芸が無いしね〜・・・かと言って、エクストリームの練習だけ・・・って言うのも何か面白みがないし・・・」
どこかのリゾート地に行こうかとも考えたのだが、何となくそれも気乗りしない。
「・・・う〜ん・・・・・・パーティー・・・そうね、誰かを誘ってパーティーと言うのも、たまにはいいかも」
いくらお嬢様とは言え、綾香も年頃の女の子。みんなで集まってわいわいと騒ぐのも嫌いではない。
「ん〜、でもただパーティーやるだけじゃあ、何か面白みが無いわね・・・」
こんこん。
とその時、ドアがノックされた。
「はい?」
『−−芹奈です。お夕食をお持ち致しました』
「どうぞ」
がちゃっ。
「−−失礼致します」
ドアを開けて入って来たのは、メイド服に身を包んだセリオタイプ・・・HM−13a1・・・セリオの量産試作機1番機だった。
去年の試験運用の後、セリオタイプとマルチタイプの生産が決定され、試験的に量産型と同じ生産方法で、3機の量産試作機が制作される事が決定していた。
そして、量産試作機を半年〜1年ほど運用試験を行って耐久性能等のデータを取った後、本格的な量産に移行する。
その量産試作機のうち、マルチタイプとセリオタイプそれぞれ1機ずつが来栖川家付きのメイドとして運用されていたのだ。
そして、彼女は「芹奈」と名付けられていた。
ちなみにコレは余談ではあるが、Xナンバーズ・・・いわゆるマルチとセリオの「プロトタイプ」達も、テスト運用が継続されており、なおかつ彼女たちも芹香と綾香に仕えていた。
しかも、今までと同じように学校に通いながら、である。
「じゃあ、そこに置いておいて」
「−−かしこまりました」
慣れた手つき?で、芹奈はテーブルの上に夕食を並べる。
「−−では、失礼致します」
「ご苦労様」
そう言って綾香は夕食を食べようと立ち上がったのだが、ふとある考えが思い浮かんだ。
「そうだ、芹奈?」
出て行こうとした芹奈を呼び止める。
「−−何でございますか?」
「あのさ、今度の連休、何の予定も思いつかないからホームパーティーでも開こうかと思っているんだけど。でも、ただパーティーだけじゃあ面白く無いのよね〜。で、何か良いアイデア無いかしら?」
「−−・・・そうですね・・・」
綾香の問いに、芹奈は小首を傾げて少し考えた後。
「−−では、連休中に誕生日を迎えられる方の誕生パーティーと言う事ではいかがでしょうか?」
「誕生パーティー・・・へぇ、それ面白そうね」
やっぱりこう言う事は誰かに聞いて見るもんだわ、と思いつつ、綾香は頷いた。
しかし、そこで新たな疑問が沸き起こる。
「・・・でも、連休中に誕生日の人って、誰かいたかしら?」
そう聞き返すと、芹奈は再び少しの間考えこんだ。
「−−・・・藤田浩之さんが連休の2日目に誕生日だったと記憶しております」
「え? 浩之が? ・・・って、芹奈、何でそんな事知っているの? あなたって浩之と会った事あったっけ?」
「−−いえ、直接はお会いした事はありませんが、セリオお姉様の記憶をデータサーバーからダウンロードしましたので」
マルチタイプと違って、セリオタイプは自己学習能力がそれ程強くはない。と言うのは、当初の仕様として、来栖川のデータベースよりさまざまなデータをダウンロードする事により、サービスを提供する事に重点が置かれていたからだ。
そこで、その学習能力の弱さを補うべく、各個の「セリオ」が体験した「経験データ」をホストに集積、そこから逆に利用出来るという方法を採用したのだ。
これにより、一人のセリオが体験した事を他のセリオも「覚えている」事が出来るようになるのだ。
「なるほどね。それならセリオの記憶も『知っている』訳だ」
「−−はい。さすがに個人的な想いとかは受け継ぐ事は出来ませんけど、どんな事をしたとか、そう言った事は割と簡単に受け渡しが出来ます」
ふ〜んと、感心する綾香。
「よし、じゃあ決まりね。連休の初日に、浩之の誕生パーティーを開きましょう」
そう言うと、綾香は夕食もそこそこに何やら計画を立てはじめた。
こんこん。
「姉さん、居る? ちょっといいかしら?」
数時間後、綾香は姉の部屋の扉を叩いた。
『・・・・・・どうぞ』
じっと耳をすまさないと聞こえないかもしれない、そんなか細い返事が帰って来る。
もっとも、姉妹だからか、綾香は芹香の声を聞き逃す事はなかったが。
「じゃあ、おじゃましまーす」
がちゃり。
「・・・と言う訳で、今度の連休に浩之の誕生パーティーをしようと思うのよ。良いと思わない?」
ベッドに腰掛けて、綾香は芹香に聞いていた。
ちなみに二人ともパジャマを着たラフな格好である。
「・・・・・・」
「え? それはいいですねって? そうでしょう? 姉さんも久しぶりに浩之に会いたいと思うしさ」
からかい口調で綾香がそう言うと芹香は、ぽっと頬を染めた。
「で、この際だから、浩之の縁の人達みんな呼ぼうと思うんだけど。どうかしら?」
その言葉に、しばらく考えるようなしぐさをしていた芹香だったが、
「・・・・・・はい、良いと思います」
と、相変らずの口調で答えた。
「おっけ〜。じゃあ、連休の初日にしましょう。1日早いけど、別に良いよね?」
こくん。
「でね、でね、それから・・・・・・」
姉妹の会話は、夜中を回っても続いていた。
翌日。
多少寝不足気味の綾香は、学校が終った後、久しぶりに駅前の商店街に繰り出していた。
目的はただ一つ。浩之の縁の人物を誰か捕まえようと思ったからだ。
浩之の学校に行ってもよいのだが、それだと昨日芹香と決めた、『当日まで本人には隠して置く』と言う計画が流れてしまうかもしれないからだ。
何より、浩之本人に悟られては困る。
そう言う事で、この町の学生の下校時の寄り道スポットである商店街にやって来た訳だ。
「・・・それにしても、昨日はちょっと遅くまで話し込み過ぎたわね・・・」
授業中、幾度となく襲いかかって来た眠気を、しかし日々の鍛錬からか、それともお嬢様としてのプライドからか、あくび一つもせずに乗り切った綾香は、流石に疲れたような表情をしていた。
口元に手を当て、小さくあくびをする。
「ん〜・・・今日は早めに寝ましょう」
目ににじんだ涙を、しかししなやかな動作でふき取ると、綾香は商店街を歩きはじめた。
さて、そんな彼女が駅前商店街の本屋に来ると、本屋の中によく知った姿を見かけた。
(あの娘は・・・浩之の幼なじみの・・・)
「あら、え〜と・・・あかりさん、で良かったかしら?」
「あ、え〜と、綾香・・・さん?」
そこには本を立ち読みしていたあかりが居た。
「今日は浩之はいっしょじゃないの?」
「あ、浩之ちゃん、今日は何か部活の後輩の子に追いかけられていたみたいだから・・・」
(部活の後輩の子?)
あかりの言葉に、ふと綾香の中に沸き起こる疑問。
(浩之って、部活に入っていたっけ?)
前に話を聞いた時は、確かどこにも所属していないような事を言っていた。
(・・・葵の同好会にでも正式に加入したのかな?)
「彼って、何か部活に入っていたっけ?」
「うう〜ん、何か、オカルト同好会に名誉会員として、名簿に名前載せられていたって、前にぼやいていたから・・・」
(あ〜、それって姉さんの仕業ね・・・)
それを聞いて、綾香は思わず苦笑いをしていた。
「ねえ、今、暇かしら? 良かったらどこか寄ってかない?」
しばらく他愛もない話を二つ三つしたあと。
綾香があかりを誘った。
「え? あ、は、はい」
戸惑いながらも、頷くあかり。
「じゃあ、そこの喫茶店でいいかしら?」
「あ、お任せします」
じゃあ、と言う事で、綾香とあかりと言う、実に珍しいコンビは喫茶店に入って行った。
「いらっしゃいませ」
ヒゲが似合うダンディーで物静かそうなマスターが出迎えてくれる。
綾香とあかりは奥の方に有る二人がけのテーブルについた。
「ご注文は?」
「私はアイスティーを」
「あ、私もそれでお願いします」
「かしこまりました」
注文したあと、綾香はコップの水を一口飲んだ。
「さて。早速だけど本題。今度の連休中って、確か浩之の誕生日よね?」
「え? 良く知っていますね?」
少しびっくりしたような表情のあかり。一方の綾香は、それを見ていたずらっぽい表情を浮かべた。
「まあ、来栖川の情報収集力をすれば、これくらいは、ね。まあそれは置いておいて」
そこへ、注文したアイスティーが来たので、話が一旦途切れる。
「で、物は相談なんだけど。彼の誕生パーティーを開かないかって、姉さんと話をしたんだ。で、この際だから彼の友達とかをみんな誘って、大がかりにやらないかって。どうかしら?」
「誕生パーティー?」
突然の提案に、多少戸惑うあかり。
(そう言えば浩之ちゃん、自分の誕生日の事覚えているのかな・・・?)
「う〜ん、でも浩之ちゃん、多分そう言うにぎやかなのは好きじゃないと思うけど・・・」
少し考えてから答えるあかり。
「まあ、彼の性格からすればそうだと思うけど、でも極々身内だけでやるから、そんなににぎやか・・・って言う程の物でも無いと思うんだけど」
「・・・そうですね」
また少し考えてから、あかりはそう答えて微笑んだ。
「でしょ? でね、今誘おうと思っているのが、あかりさん、志保さん、雅史君、保科さん、宮内さん、雛山さん、葵、姫川さん。あと、うちの姉さんと私、それからマルチとセリオって所かしら?」
「へぇ・・・すごく楽しそうですね」
「でしょ、でしょ? でね・・・・・・」
気がつけば、既に外は紅の光に包まれていた。かなりの時間話し込んでいたらしい。
「あら、もうこんな時間・・・」
綾香が腕時計をちらっと見てそうつぶやく。
「じゃあ、そんな感じで良いかしら?」
「そうですね、きっと楽しくなりそう」
あかりも嬉しそうに答える。
「じゃあ、今日はお開き。・・・あ、この事はくれぐれも浩之には内緒ね♪」
「うふふ、浩之ちゃん、びっくりするだろうな〜」
会計を済ませ、喫茶店の外に出る。既に、東側の空には星が見えていた。
「じゃあ、近いうちに電話するから。じゃあ、またね」
「はい、また」
そして二人は家路へと付いた。
日付は、マルチとセリオが学校帰りの浩之に出会ってゲームセンターで遊んだ後。
その日、第7研究開発室HM開発課ではかなり遅くまで電気が付いていた。
「しかし、浩之君もなかなかに厳しいですねぇ・・・」
そう言うと、彼・・・長瀬開発主任は、頭をぽりぽりと掻いた。
すぐ側には、メンテナンスシートで眠ったようになっているマルチとセリオが居る。
長瀬は、胸のポケットから煙草を取り出したが、中身が空っぽなのに気がつくと、軽く『あ〜あ』とつぶやき、それを握り潰して机の上に放り出した。
「やれやれ。この件に関しては何かしらの対策を講じないとね・・・もちろん、彼の嗜好に合うような、だけど」
そうつぶやいて、長瀬は煙草の自販機に向かうべく、研究室を後にした。
その10分後。
屋上で煙草をふかす長瀬の姿があった。
「ふ〜・・・」
既に、足元には4本もの吸い殻が転がっていた。長瀬は今、5本目を吸っている。
太陽はかなり前に沈んでいる。屋上には、木を模した形の街灯が設置されていて、昼間ほどではないにしろ、それなりに明るい。
「あ、先輩、こちらでしたか」
と、ふいに後ろから声をかけられた。
「やあ、片桐君か」
振り返り、そこに後輩の姿を認めて、長瀬は軽く手をあげた。
片桐の後ろには、来栖川電工の事務員制服姿のセリオが立っていた。
「今日、セリオの量産試作機の3番機が到着しましてね。簡単な運用試験を兼ねて、ちょっと研究所の中を案内して回っていたんですよ」
そう言いながら、片桐は長瀬の横に並ぶ。
そして、片桐も煙草を取り出して、一息吸い込むと大きく煙を吐き出した。
「へぇ、3番機ね。・・・君、名前は?」
「−−はい、HM−13a3、通称『芹菜』と申します。よろしくお願いいたします」
そう言って、芹菜はゆっくりとおじぎをした。
「ふむ。・・・片桐君、彼女の運用試験の日程は?」
「はい。今日は取り敢えず何も無いのですが、連休明けから庶務課の方に臨時に配置して、1週間の日程で行います」
「ほう。・・・んで、衛星を利用したセリオシリーズの記憶のフィードバックは?」
ちらっと芹菜の方を見ながら長瀬は片桐に尋ねた。
「今の所、うまくいっている模様です。だから、今の彼女はHMX−13の記憶も有しています。ま、全てと言う訳ではないですけど」
片桐がそう言うと、芹菜はにこりと笑ってこくんと頷く。
「よし! じゃあ、片桐君、これから彼女の記憶がHMX−13セリオにフィードバック出来るか、少し実験したいと思うんだ。いいかな?」
そう言う長瀬の顔は、何やら意味ありげに微笑んでいた。
「・・・また何か企んでいるんですか?」
微笑みの意味を知っている片桐は、少しあきれた感じで長瀬に聞き返す。
「ちょっと、な。マルチやセリオの『彼』の事は知っているだろ?」
「ええ、まあ」
「彼に、今日セリオが言われたらしいんだ」
「何て言われたんです?」
「『長瀬のおっさんに言っておけ。芸を教えるなら、もう少しましな芸にしておけって』、だそうだ。な、芹菜?」
「−−はい。セリオお姉様はそう言われながら、浩之さんにほっぺたを引っ張られました」
少し苦笑いしながら、芹菜がそう答える。
「一体、何を教えたんです?」
片桐があきれながら尋ねる。
「ん? なあに、ちょっと綾香お嬢様の物まねが出来るようにしただけさ」
「綾香お嬢様の物まね・・・?」
首をかしげる片桐。
「と言っても、セリオに格闘技とか出来る訳じゃないぞ。・・・ん〜と、そうだなぁ、じゃあ、芹菜、出来るかい?」
「−−はい」
「じゃあ、片桐君に見せてやってくれ」
長瀬はそう言ってにやっと笑う。
「−−解りました。・・・『は〜い、お久しぶりね、か・た・ぎ・り、さん♪』」
そう言って、芹菜は話し方・身振り・手振りを綾香そっくりにまねした。
「・・・・・・」
片桐は思わず頭を押さえていた。
「・・・長瀬先輩・・・何でこんな事をセリオに教えたんですか・・・?」
「ん? そりゃああれだ、芸の一つくらい覚えていないと人間とメイドロボの円滑なコミュニケーションがだなぁ・・・」
「そんな事、開発仕様書のどこにも書いて無かったじゃないですか!」
そう言って、何かに気がついたようにはっとなる片桐。
「あ・・・じゃあ、もしかしてこれから芹菜で実験する事って・・・」
「あ、ばれた? 別な芸を芹菜に教えて、それがセリオに正常にフィードバックされるか試したいんだけど・・・」
「だ・め・で・す! そんな事して、会社にばれたらどうするんですか!?」
「いや〜、実験の一つだから、気にしない、気にしない♪」
「何言っているんですか!」
30分後。
第7研究開発室HM開発課に、長瀬、片桐、芹菜の姿があった。
「本当に、今回だけですよ」
「大丈夫、大丈夫。いつかやらなきゃいけない試験を今回この場でやるだけの事さ」
結局、片桐は長瀬に説得されてしまい、実験と言う名目で別な芸を芹菜に習得させ、それがきちんとセリオにフィードバックされるかを確かめる事になってしまった。
「じゃあ、芹菜、これを持って」
「−−解りました。・・・あの、一つ質問しても宜しいでしょうか?」
「ん? 何だい?」
「室内なのに、なぜ傘をさすのですか?」
そう、芹菜の右手には開いた傘が握らされていた。
「まあまあ。これは『芸』なんだ。雨をよける為じゃないのさ」
「−−・・・・・・はぁ」
芹菜はよく解らなかったらしく、小首を傾げている。
「んで、次に、このボールを反対の手で持つ」
「−−はい」
芹菜は長瀬からボールを受け取り、左手に持つ。
「じゃあ、傘の上にボールを放り投げて、傘を回してボールを落とさないようにしてごらん」
「−−は? あの、どのようにすればよろしいのでしょうか?」
言われた意味が解らなかったらしく、芹菜は聞き返す。
「ん〜と、じゃあ貸して見て。こう・・・こうやるんだよ。はいっ!」
芹菜から傘とボールを受け取り、傘を回しながらボールを傘の上でころころと回す。
「はいっ、いつもより多く回っております!」
「・・・はぁ・・・」
嬉々として傘を回す長瀬と、その横で溜め息をついている片桐。
「−−・・・わかりました」
しばらくそれを見ていた芹菜がそう言った。
「じゃ、挑戦だ」
「−−はい」
長瀬から傘とボールを受け取ると、芹菜は傘の上にボールを放り投げ、くるくると回し始めた。
「お〜、芹菜、初めてにしては上手いじゃないか!」
長瀬はそれを見て拍手をした。一方の片桐はまた溜め息をついた。
「・・・はぁ・・・HMシリーズ最高傑作の最新型メイドロボが、玉転がし・・・」
次の日の朝。
屋上に長瀬とマルチとセリオ、それに芹菜の姿があった。
「よし、じゃあ昨日芹菜が学習したデータをセリオ、ダウンロードして見てくれ」
「−−はい・・・セリオ・システムサーバーに接続。HM−13a3の記憶データをダウンロードします・・・ダウンロード終了、展開開始・・・完了。・・・え?」
記憶データをダウンロードして展開した所で、セリオは戸惑ったような表情をした。
「どうした、セリオ?」
「−−・・・長瀬開発主任、あの、これって・・・」
「ん? ああ、浩之君に披露する新しい芸さ。どうだい?」
「−−・・・正常にフィードバック出来ましたが・・・芹菜、昨日こんな事をしたの?」
「−−・・・はい、セリオお姉様」
セリオと芹菜はお互いに顔を見合わせると、困ったような表情をする。
「セリオさん、どんな芸なんですか?」
マルチが興味を引かれたのか、尋ねて来た。
「−−か、傘の上でボールを転がす芸です」
「わ〜、すごいです〜」
「−−・・・・・・」
二人のセリオは、更に困ったような表情をしていた。
「よし、じゃあ実験の第2段階。セリオ、ちゃんと出来るか、ここでやってみてくれ」
そう言うと、長瀬はセリオに傘とボールを渡した。
「−−わ、解りました・・・」
かなり戸惑いつつ、セリオは長瀬から傘とボールを受け取る。
「さあ、やってみてごらん」
「−−はい。・・・はいっ!」
セリオはボールを放りあげると、傘の上に載せてくるくると回し始めた。
「−−はいっ! いつもより多く回っております」
「わあっ、セリオさんすごいです〜」
「−−さすがです、セリオお姉様」
満足そうに頷く長瀬。
「−−・・・これが本当に浩之さんに気に入って頂ける芸なのでしょうか?」
少し困ったような表情で、小首を傾げているセリオ。
「大丈夫、大丈夫。しかし、これだけじゃあ不安だから、もう一つ、マルチと二人でやる芸を教えてあげよう」
そう言うと、長瀬はまた意味ありげな笑みを浮かべた。
そして、更に30分後。
「・・・よし、そんな感じだ。この二つの芸で、彼の芸の趣旨にも合うだろう。うんうん」
満足そうに頷く長瀬。
「−−長瀬開発主任、そろそろ私達、綾香お嬢様の所へ行かないと、パーティーの準備のお手伝いがありますので・・・」
「ん? ああ、もうそんな時間か。じゃあ、行っておいで、マルチ、セリオ」
「はいっ、じゃあ行って来ます〜」
「−−では、失礼します」
ぺこりとおじぎをして、マルチとセリオがその場を立ち去って行った。
「−−・・・長瀬開発主任?」
「ん? 何だい芹菜?」
「その・・・このような事をお尋ねするのは非常に失礼かもしれませんが・・・」
少し困ったような表情で話す芹菜。
「何失礼な事が有るもんか。何でも聞きなさい」
「−−はい。データベースを検索した所、その・・・『ヒゲダンス』はかなり古い時代の芸だと思うのですが・・・」
「・・・な〜に、気にしなさんな。二人で出来る芸でお手軽な所は『ヒゲダンス』と相場が決まって居るのさ」
そう言って、にやりと笑う長瀬。
「さ、研究室に戻ろう。今の学習成果を今後どのように反映させて行くか、OSの開発の参考にしないとな」
そう言って、長瀬は芹菜の肩をぽんぽんとたたくと、階段を降りて行った。
日付は少し戻り、綾香とあかりが浩之の誕生パーティーの相談をした翌日。
「何ですかな、芹香お嬢様? ・・・『浩之さんの誕生パーティー』ですと?」
大学の帰り。いつものように大学まで芹香お嬢様を迎えに行ったセバスチャンは、帰りの車の中でそんな話を聞かされた。
「ふむ、藤田様の誕生日が近いのですか。それは藤田様もお喜びになられるでしょう」
セバスチャンがそう言うと、芹香はこくんと頷いた。
「………………」
「綾香お嬢様が計画されたのですか? ほほう、綾香お嬢様もそう言うイベントがお好きなようですな」
車は走り続け、やがてお屋敷の前に到着した。
「セバス〜、いい所に帰って来たわね」
芹香・綾香専用別館の前で、丁度今帰って来たらしい綾香と出くわした。
「これはこれは綾香お嬢様、今お帰りでしたか」
「あのさ、浩之の誕生パーティーの話、聞いた?」
「はい、先程芹香お嬢様からお伺い致しましたが」
「それでさ、会場をここにしたいんだけど、手伝ってくれるかしら?」
綾香はそう言って、己の住処たる別館を指差す。
「な、何ですと?」
これにはさすがのセバスチャン氏も驚いたようである。
「しかしここは来栖川家の敷地内。勝手に外部の者を入れるには、大旦那様の許可が・・・」
「あら、それは大丈夫よ。さっきお爺ちゃんにお願いして来たから」
あっさりと返す綾香。
「左様でございますか、それならば私めも喜んでご協力させて頂きます」
「で、具体的に私めは何を致せば宜しいのでしょうか?」
別館の中、通称『お嬢様たちのお茶の間』と呼ばれている、ティールームにて、芹香・綾香・セバスチャンの3人は香りの良い紅茶をいただきながら『作戦会議』を行っていた。
「そうね・・・まあ、料理とか飲み物って、うちで用意出来ちゃうし・・・」
綾香が思案顔でそう言うと、
「・・・・・・」
「何? 当日の、みんなの送迎?」
芹香がこくんと頷く。
「だってさ。セバス、それでいいかしら?」
「お安い御用にございます」
そして、しばらく何かを考えた後。
「お嬢様方、お願いがございますが」
「うん? 何?」
「非常に僭越なお願いかもしれませんが、宜しければこのセバスチャン、藤田様のパーティーに同席させて頂ければ・・・」
「貴方が?」
綾香は驚いていたが、芹香はわずかに嬉しそうな表情をして頷いていた。
「それは別に構わないけど、またどう言う風の吹き回し?」
「なあに、この年寄めを久しぶりに熱くさせた御方、その様な方の誕生日を共に祝わせて頂けるなら、これ以上の喜びはございません」
芹香がまだ浩之と同じ学校に通っていた頃、相変らず友達も出来ない芹香に、やっと出来た初めてのお友達。
それが浩之だった。
しかしながら、セバスチャンには、当初浩之も他の男共と同様、ただの悪い虫にしか過ぎなかった。
しかしある日、両者が激突して、それは単なるセバスチャンの思いこみであった事が判明する。
綾香なんかが良く『拳で語る』とか言っていたが、その時の様子はまさにそんな感じであった。
また、その後に芹香に直接聞いた話もあって、セバスチャンは浩之に心服したのだ。
「ふふっ、浩之って本当に不思議な男ね〜。まさかセバスまで心服させるなんてね」
綾香がくすくす笑いながらそう言う。
「・・・・・・・」
「えっ? 『それが浩之さんの良い所です』って? まあね。私もそれは十分に知っているつもりだからね」
「でも、最近の男児にしては、藤田様は本当に筋の通った方でございます。それが、御友人の多さでもございましょう」
「そうね〜」
そんな感じで、パーティーの相談の筈だった会話は夕食時まで続いた。
パーティーはつつがなく終り、セバスチャンの運転で参加者たちはそれぞれの家に送られて行った。
帰り際に、浩之は一人一人にお礼を言って回っていた。このあたり、彼ならでわの気の使い方ねと、綾香は思った物だ。
そして、彼自身を送る時、綾香と芹香もついて行った。
送って、帰りの道。
「はぁ〜・・・。楽しい事って、何でこうあっという間に終っちゃうのかなぁ〜?」
そう言って綾香はシートに身を埋めた。
もちろん、それはあっという間に(少なくとも綾香にはそう感じられた)終った先程のパーティーの事を指していた。
「まあ、楽しい事と言うものは、いつまでも続かないから楽しい事であって、いつまでも続いたらそれは平凡な事になってしまいますからな」
セバスチャンがそう言う。
「・・・・・・」
「え? 私もそう思いますって? ・・・ふふ、そうよね」
綾香はそう言って頷いた。
「まあ、また何かイベントをすれば良いのよね。・・・じゃあ、さしずめ、夏かな?」
「来栖川のプライベートビーチでございますか?」
「・・・・・・」
「そうそう、でね・・・」
綾香の計画は、しばらくネタには困らなさそうであった。