「魔女の秘薬」
(Episode:来栖川 芹香(ToHeart)/小SSシリーズ・その2)


− 1 −

 ビシッ、バシッ。
 ビシッ、バシッ。

 誰も居ない神社の境内。
 オレがサンドバッグを叩く音だけが響き渡る。

 ビシッ、バシッ。
 ビシッ、バシッ。

 基本のワンツーから、次はボディを入れた3段。

 ビシッ、ビシッ、バシッ。
 ビシッ、ビシッ、バシッ。

 続いて、これにロー、ハイキックを入れた5段。
 ・・・と言う感じで、オレは黙々といつもの練習メニューをこなして行った。


 葵ちゃんとのエクストリーム同好会が発足して、結局今の所正式な部員はオレと葵ちゃんしかいない。
 まあ、これはこれで居心地がいいから、葵ちゃんには悪いけどオレ自身は満足している。


「やっほ〜、浩之〜。今日も熱心ねぇ♪」
 と、境内の入口のほうから、最近聞き慣れた声が聞こえて来た。
 ・・・やっぱり来たか。
「しかし、お前も暇だね、綾香? 練習とかしなくてもいいのか?」
「あら、随分な言い方ね? 私が練習をしていないとでも思ってるのかしら?」
 そう言いながら、綾香がオレの方に近づいて来た。
「・・・まあ、お前に限ってそんな事は無いと思うけど」
 そう、最近、何故かは知らんが綾香が良く顔を出すようになっていた。
 ・・・と、綾香の後ろに別の人影が有るのにオレは今ごろ気がついた。
「? あれ、先輩?」
 そう、綾香の後ろには、芹香先輩が立っていたのだ。
 見た感じは全く同じ感じの姉妹。しかし、同じ血を分けた姉妹の筈なのに、こうまで違う物なのかねぇ?
 ・・・まあ、セバスのじじいに前聞いた所によれば、複雑な事情が絡んでいるらしいけど。
「………」
「え? こんにちわって? ああ、こんちわ。だけど、昨日顔を合わせたばっかりじゃん」
 そう、最近のオレは、葵ちゃんのエクストリーム同好会と、芹香先輩のオカルト研究会を掛け持ちしていた。
 そして、昨日はオカルト研究会の方に出て、芹香先輩とは顔を合わせたばかりなのだ。
「だけど、今日は二人してどしたの?」
 オレは、しごくもっともな疑問を口にした。
「今日ね、たまたま姉さんと校門前で会ったのよ。それで、私がここに顔を出すって言ったら、姉さんも見に行きたいって言うから、それで一緒に来たって訳」
「ふ〜ん。まあ、見て楽しいもんかどうかは解らんけど、じゃあ、まあ近づくと危ないからその辺で見ていてよ、先輩」
 こくん。
 先輩は頷くと、相変わらず無表情なまま(だけど、実にうれしそうに)、その場にしゃがんでオレと綾香の練習の様子を眺めていた。
 その後、葵ちゃんを加えた俺達は、いつも通り日が暮れる頃まで練習を続けた。

− 2 −

 次の日の昼休み。
 屋上で昼飯のカツサンドを食べ終わった後、のんびりとひなたぼっこをしていると、芹香先輩がやって来た。
「よっ、先輩。先輩が屋上に来るなんて珍しいじゃん」
 軽く手をあげて挨拶をする。
 先輩は相変わらず無表情なまま、オレの隣までやって来た。
「………」
「え? 隣に座ってもいいですかって? ああ、いいよ」
 そう言うと、先輩は隣に座った。
「・・・いい天気だねぇ」
「………」
 こくん。
「いや〜、本当、ひなたぼっこにはいい天気だねぇ〜」
 オレはそう言って、伸びをした。


 しばらく、そうやってひなたぼっこをしていた後。
 唐突に芹香先輩が話しかけて来た。
「………………」
「え? 放課後にお話したい事が有りますって? ああ、いいぜ。どこで? え?オカルト研究会の部室? 解った」
 そう言うと、先輩は「それじゃあ放課後に」と言い残して教室の方に帰って行った。
 ・・・話しって何だろう?


 放課後。
 約束通りオレはオカルト研究会への部室へ行った。
 先輩は、先に部室に来ていた。
 相変わらず、室内は薄暗く、わずかに芹香先輩が灯したロウソクの火が有るのみだ。
「んで、話しって何?」
 オレはイスに腰かけると、話を切り出した。
 先輩は少し困ったような表情をした後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「………………」
「え? もうすぐエクストリームの大会ですねって? ああ、そう言えばそうだな」
 そう、エクストリームの地区予選大会があと4日後に迫っていた。
 オレの実力は、はっきりいってどれくらいの物だかは解らない。しかし、あの葵ちゃん相手に組み手をして、3分程度なら持ちこたえる事ができるようになっていたから、実はかなりの物なのかもしれない。
 たまに、綾香にも相手をして貰っているからか、二人に言わせれば、オレはかなりの所まで上達しているようだ。
 まあもっとも、こればかりは比較のしようがないので、オレ自身には自覚は無いのだが。
「………」
「え? 私に出来ることは何かありませんかって?」
 こくん。
「ん〜、そりゃあ有り難いけど・・・」
 先輩って格闘とは無縁そうだしなぁ。綾香ならともかく。
「いいよ、その気持ちだけでも有り難く受け取って置くよ」
 すると、先輩はまた少し困ったような顔をして俯いた。
「………」
「え? 何か力になりたいって? ん〜・・・でもなぁ・・・」
 そう言いかけて、オレはふとあることを思いついた。
「あ、そうだ。それじゃあ、強くなる薬とかって作れない? え? 作れる? 本当かよ? じゃ、じゃあ、それをお願いしてもいいかな?」
 こくん。
「じゃあ、頼んだぜ」
 そう言うと、先輩はこくこくと頷いた。
 ラッキー♪

− 3 −

 そして4日後。
 ついにエクストリームの地区予選大会が始まった。
 男子の部は女子の部の予選が終ってから始まるとの事。
 その間、オレは葵ちゃんと綾香の試合を応援していた。
 ・・・いや、実は緊張をほぐそうとしていたんだけどな〜。
 何でかは知らんけど、女子の予選が始まってから、急に緊張しちまって。
 そう言う柄じゃねぇんだけどなぁ・・・。


 そして、女子の予選が終った。
 当然の如く、綾香と葵ちゃんはそれぞれ地区決勝に駒を進めていた。
「二人とも、お疲れさん」
 帰って来た二人に声をかけた。ついでに、あらかじめ買って置いた缶ジュースを渡してやる。
「あ、ありがとうございます」
 葵ちゃんはオレからジュースを受取ると、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「さて、いよいよ男子の予選ね。浩之のお手並み拝見と行きましょうかしら?」
 そう言って、綾香はクスクスと笑う。
「ま、相手の胸を借りるつもりで行って来るさ」
「あら、随分謙虚なのね?」
 少し驚いたような顔をする綾香。
「ったりめえだろ。初めて半年も経過してねぇのに、いきなり勝とうなんて考えてねぇよ」
 これは本心だ。
「で、でも、先輩の実力はこの半年でかなり上がっていますし、かなりいい所を狙えると思いますよ?」
「・・・さんきゅ、葵ちゃん。そういってくれると心強いぜ」
 おかげで緊張もほぐれて来た。
「じゃ、ちょっくら行って来ますか」
「先輩、頑張って下さい!」
「頑張ってね、浩之!」
「ああ」
 軽く片手を上げると、オレは選手控え室の方に歩いて行った。


 途中、いかにも今まで格闘人生を送って来ましたよ〜と言わんばかりのやつらと何人かすれちがう。
 どいつも、すれちがう瞬間に値踏みをするような眼差しでオレの事を見て行った。
 まあ、オレ自身はそんな連中の事はまるで無視していたが。
 なんたってオレは全くの無名選手だ。そんな連中相手にびびったって仕方ない。
 そんな事を考えながら控え室に行くと・・・。
 控え室の前に芹香先輩が立っていた。

「いよう、せーんぱい。どしたの、こんな所で?」
 はっきりいって、先輩はめちゃくちゃ目立っていた。そりゃあそうだろう、男子選手の控え室の前に、先輩みたいな美人が居るんだから。
「・・・・・・」
「えっ、頼まれた物をお持ちしましたって? オレ、何か頼んだっけ・・・」
 言いかけて、4日前の出来事がフラッシュバックして来た。


『あ、そうだ。それじゃあ、強くなる薬とかって作れない? え? 作れる? 本当かよ? じゃ、じゃあ、それをお願いしてもいいかな?』


「・・・約束のものって、もしかしてオレが言っていた、『強くなる薬』の事?」
 こくん。
 頷くと、先輩はポケットからおなじみの茶色い小瓶を取り出した。
 そしてそれを、オレに渡してくれる。
「・・・・・・」
「えっ? さあどうぞって? う、うん」
 オレは、手渡されたビンと芹香先輩の顔を交互に眺めた。
 オレの手の中には、先輩が作ってくれた、「強くなる薬」がある。
 コレを飲めば、あるいは本当に強くなれるかもしれない。
 ・・・しかし、何かがオレの頭の片隅に引っかかっていた。
 ビンのふたを開けようとして、それの正体に気が付いたオレは、苦笑いするとそれを先輩に返した。
「先輩、せっかく作ってもらってこんなこと言うのも何だけど、オレ、やっぱりこれは飲めないわ」
「?」
 どうしてですか? と、小首を傾げて先輩は聞いて来る。
「確かに、コレを飲んじまったら、オレは強くなれると思う。だけど、そんなのオレの本当の強さじゃあない。それじゃあダメなんだよ。オレの本当の強さって、今まで綾香や葵ちゃんたちと一緒に汗水流して、それで付けて来た実力だと思うんだよな」
「・・・・・・」
 こくん。
 先輩は頷いた。
「だからさ、せっかく作ってもらったけど、これ飲んじまったら、その時点でオレは本当のオレの力を出せないと思うんだ。そんなの、オレはイヤだ」
 こくこく。
 先輩は頷くと、オレに近寄って来た。
「あ?」
 そして、すっと手を出すと、頭をなでてくれた。
 なでなで、なでなで。
「・・・先輩・・・」
「・・・・・・・」
 とても男らしい意見だと思います。
 先輩は確かにそう言ってくれた。


「・・・よし! 先輩の祝福も貰ったし、オレ、なんだか勝てる気がしてきたよ」
 そう言ってオレは先輩ににっこりと微笑みかけた。
「・・・・・・」
 頑張ってください。
「ありがとな、先輩」
 そして、オレは会場へと向かった・・・。

− 4 −

 結局の所、オレも無難に勝ち進み、決勝への切符を手に入れた。
 その後、ささやかな祝勝会と称して、オレの家に芹香先輩、綾香、葵ちゃんが集まって居た。
「しかし、浩之もやるわねぇ。予選の最終戦で当たった相手、あれ去年の優勝候補って言われていたうちの一人よ」
 綾香が感心したように言った。
「なぬ? 本当かよ? その割には綾香とか葵ちゃんとかと比べると、スピードも遅かったし技の切れも鈍かったぞ?」
「それは、私たちと一緒に練習していたからよ」
 ・・・なるほど、そう言う事か。
「って事は、オレ、結構良い所まで行けるかもな」
「先輩、決勝も頑張りましょうね」
「そうだな」


 しばらくおしゃべりをしていた後。
「あ、そうだった。 先輩、今日はありがとな」
 オレは改めて芹香先輩に礼を言った。
「(ぽっ)」
 嬉しそうに、顔を赤く染めてうつむく先輩。
「何、浩之、姉さんと何かあったの?」
「別に。ただ応援してもらっただけさ」
 頭なでてもらってな。とまあ、そんな事までは言わないで置いた。
「ふーん?」
 何やら悟ったらしく、意味ありげににやにや笑う綾香。
 ま、別にいいけどよ。


 でも。
 先輩、ありがとな。そして、わざわざゴメンな。
 心の中でそう言って、手を突っ込んだポケットの中には、使われる事の無かった茶色いビンが入っていた。

− 終わり −