「新メニュー/6月14日」
(Episode:里村 茜(ONE)/6月の小噺・その4)
*使用キーワード
・雨
・衣更え
「茜、今日さ・・・」
「・・・嫌です」
放課後。
茜に話しかけようとしたら、1秒で帰って来た答えがこれ。
「・・・まだ何も話して無いんだけど」
「浩平の事です。どうせまた良く無い事を企んでいるのでしょう?」
鞄に教科書やらノートやら筆箱を片づけながら、茜はそう言って俺の方をちらりと見た。
「・・・何を根拠に?」
「浩平がよからぬ事を考えている時、左手で頭の後ろを掻く癖が有ります」
そう言って茜は、後ろ頭に回っていた俺の左腕をちらりと見た。
「そうだったか・・・今度から気をつけよう」
「気をつけても嫌な物は嫌です」
「まあ、ちょっと聞いてくれよ。例のたい焼き屋、新しいメニューが出てたんだよ」
ぴくっ。
その言葉を聞いた瞬間、茜の行動が一瞬止まったのを俺は見逃さなかった。
よし、もうひと押しだ。
「良ければ一緒に・・・」
「行きます」
そう言って、茜は鞄を持つと、すたすたと歩き出した。
「・・・浩平? 早く行きますよ?」
「・・・解った解った」
思わず心の中でガッツポーズ、右腕掲げて勝利宣言。
甘い物好きでは右に並ぶ者が居ない茜に、たい焼き新メニューは回避不能だったらしい。
恐らく、動物に対する餌づけが成功した瞬間の感動ってのは、こう言う物なんだろう。
「・・・浩平、今ものすごく失礼な事を考えていませんでした?」
「イヤ、そんな事は無いぞ」
「・・・そうですか?」
茜・・・お前、何でそう言う所だけ敏感なんだ?
「それで、新メニューとは何ですか?」
「ああ、ココアクリームとうぐいす餡、それに高級イチゴジャムだそうだ」
「高級イチゴジャム・・・」
そう、例の激甘たい焼き屋の驚異の新製品。
それは、『高級イチゴジャムたい焼き』と言う物だった。
食った奴の話によれば、『ジャムパンを思い起こさせてなおあり余る甘さ』だそうで。
「で、是非甘い物女王の茜に食べてもらって感想を聞いて見たかった訳だ」
「何ですか、その『甘い物女王』って?」
「まあ、俺的評価」
「そんな評価、嫌です」
そう言って、茜はぷいっと横を向いてしまった。
「・・・解ったよ、俺が悪かった」
そう言って、俺は頭を下げた。
「・・・では、浩平には罰としてそのイチゴジャムたい焼きをおごってもらいます」
「おう、それくらいならお安い御用だ」
それで茜の機嫌が直るなら安いもんだ。
「そして、浩平にも食べてもらいます」
「ぐは、それだけは勘弁してくれ」
話を聞いただけで甘さが口の中にあふれそうなたい焼き。
俺は普通のたい焼きで十分だ。
「ダメです。それでないと許しません」
そう言って、くすりと笑う茜。
「・・・はぁ・・・解ったよ」
どうやらかなり藪蛇だったらしい・・・何か前にもこんな事なかったか、そう言えば?
ぽつ、ぽつ、ぽつ・・・。
「お、降って来やがったか」
空を見上げれば、どんよりとした曇り空。
梅雨時期だから、雨は降りやすい。
慌てて、鞄の中の折り畳み傘を差す。
見ると、茜も持っていた傘を差していた。
「ところで、浩平、衣更えは終わりましたか?」
「ん? んー、まだ終わって無い」
「・・・やっぱり」
はぁっと、茜は軽く溜め息をついた。
「ダメですよ。この梅雨が過ぎたら、すぐに暑くなります」
「ああ、解ってはいるんだがなぁ・・・どうも、帰ったらやる気にならんくて」
「・・・仕方ありませんね。浩平、たい焼き、更に新メニュー全部を2つずつです」
「な? お、おい、ちょっと待てよ」
慌てて茜の方を見ると。
「その代わり、今日の晩ご飯と衣更えは手伝ってあげますから」
そう言って、茜は俺の方を見て微笑んでいた。
− 終わり −