「雨の日の芸術/6月12日」
(Episode:美坂 栞(Kanon)/6月の小噺・その2)
*使用キーワード
・かたつむり
・紫陽花
・蛙
「♪〜、〜、〜♪」
窓の外は、雨模様。
一般的に梅雨の無いと言われるこっちだが、この雨の降り方はどうしても梅雨を連想させられてしまう。
そして、雨が降ると、こっちは寒い。
「♪〜、〜、〜♪」
「ところが、目の前の美坂 栞は、そんな事も気にせずに楽しそうに絵を描いていた」
「・・・誰に状況説明しているんですか?」
栞が、少しイヤそうな顔をして俺の方を向いた。
しまった、口に出してしゃべってしまったらしい。
「そりゃあ、アレだ。どこから写されているか解らないテレビカメラに向かってだな・・・」
「学校にテレビカメラなんて有るんですか?」
ぐるりと教室の中を見渡しながら、栞がそう言ってきた。
「・・・今日は無いみたいだな」
「今日は、じゃ無くて、普通学校にテレビカメラなんて有りませんよ」
そう言って、くすくす笑いながら、栞は再び絵を描き始めた。
「ところで、栞」
「はい?」
いい加減待ってるのも飽きて来たので、俺は栞の隣に座ってキャンバスをのぞき込んだ。
「・・・今日は、何を描いているんだ?」
「えっと、中庭に咲いている紫陽花です」
そう言って、栞は、中庭の方に有る紫陽花の植え込みを指差した。
「でも、まだこの時期だったら、こっちは咲いて無いんじゃないか?」
実際、窓からみた紫陽花の植え込みは、どれも花を付けて居るものは無かった。
そして、キャンバスの中の紫陽花・・・らしきものは、紫色の花を付けて居る。
「ええ、ですから咲いている所を想像で描いているんです」
「ほほう・・・」
俺はそう言って、もう一度キャンバスをのぞき込む。
「・・・栞」
「はい?」
「取り敢えず、想像力を付ける訓練もして置いた方が良いかもな」
「わっ、祐一さん、ものすごく酷い事言ってます」
そう言って、栞はぷーっとほっぺたを膨らませる。
「別に、絵が下手だとか言ってる訳じゃないぞ」
「直接言ってなくても、そう言う意味に聞こえます」
そう言って、栞はぷいっと横を向く。
「そういう事言う人、嫌いです」
「でだ、この上に乗っかってるのは、何?」
「あーっ、思いっきり話をそらそうとしています」
そう言いながらも、俺が指差した『それ』を見る栞。
「えっと、これはかたつむりです」
「かたつむり?」
「ええ。梅雨に紫陽花と来たら、かたつむりです。祐一さんもそう思いません?」
「そう思いません、って言われても・・・」
別にかたつむりでなくても、蛙でもてるてる坊主でも何でもいいとは思うんだが。
「それに、こっちにはそもそも『梅雨』って季節が無いだろう?」
「雰囲気の問題ですよ」
そう言って、また描き始める。
・・・雰囲気、ねぇ。
「・・・ま、そう言うもんかな」
そう言って、俺は空を見上げる。
灰色の空は、まだ雨を降りつづけさせている。
「ええ、そう言うものですよ」
でもまあ、栞と居れば、こう言うのも悪くは無いかなぁと思った。
「それに、祐一さんと二人っきりで、こう言う雰囲気と言うのも、良いと思いません?」
そう言って、栞は少し顔を赤らめながら、おれの方を向いてそっと目を閉じる。
「・・・同じこと考えてるし」
思わず苦笑いしながらも、俺は栞に軽く口づけをしてやった。
− 終わり −