「スポーツの秋」
(Episode:松原 葵・坂下 好恵・来栖川 綾香(ToHeart)/突発企画シリーズ第4段)
「はあっ!」
ばしっ!
奴の右からのローキックがオレの左足にヒット。だがそれはこちらの計算のうちだ。
奴の弱点は・・・。
「ここだぁ!」
ローキックを放ってから足を戻す瞬間。その、ほんの一瞬、奴の上半身が、本当に僅かだが揺らぐ。
そこを狙って・・・オレは左に回り込む!
「あっ!?」
ぱしっ、ぱしっ、すぱーん!
ぱしっ、ぱしっ、すぱーん!
「うっ・・・」
よし、効いて居る!
更に追い打ちっ!
ずぱーん!
「ぐはぁっ!?」
次の瞬間、完全に意識から消えて居た右からの再度の攻撃が来て居た。
しまった、油断して居た。
まずい、体のバランスがすっかり崩れてる!
ガードは・・・間に合わないっ!
「はーっ!!!」
ずぱーん!
次の瞬間、オレの視界には、紅葉した木の間から見える秋晴れの空が見えていた。
ああ、このまま目をつぶれば、この体を残してあの空の彼方へと連れ去ってくれないだろうか・・・。
・・・どさっ。
そして・・・フィニッシュを決められ、吹き飛ばされた、オレ。
「・・・勝者、松原!」
綾香の凛とした声が、神社の境内に響いた。
・・・あーあ、また負けかよ。
「大丈夫ですか、先輩?」
心配そうな顔をして、葵ちゃんがオレの顔を覗き込んでくる。
「ふ〜・・・。あそこでまた右が来るとは思わなかったぜ」
まだ傷むわき腹を押さえつつ、オレは上半身を起こしてその場に座り込んだ。
「ふふふ、それを忘れて居るようじゃ、浩之もまだまだって事ね〜」
そう言って、にやにやと笑いながら綾香が近寄ってくる。
「はい、おしぼり」
「さんきゅ。・・・くーっ、しみるなぁ」
綾香からひんやりと冷たいおしぼりを手渡してもらう。
ふー、濡れてひんやりとした感覚が気持ちいい・・・。
葵ちゃんと坂下の試合があってから数ヶ月後。
オレと葵ちゃんは、時々やってくる綾香も交えて、たまにこんな感じで試合を行っていた。
コレまでのオレの成績、目下全敗中。
・・・とほほ。
ま、今年に入ってからいきなり格闘技を始めたオレと、長年やって居る彼女達では、格が違いすぎるって訳だ。
それは解ってるんだが、やはりやられっぱなしってのは、悔しすぎるからな。
せめて一矢報いたいんだが・・・なかなか思った通りには行かない。
「でも、あそこで左に回り込まれるとは思いませんでしたよ。先輩、やっぱりここ数ヶ月でものすごく強くなっていますね」
葵ちゃんが目を輝かせながらそう言ってくる。
この娘は、オレが上達している事を自分の事の様に喜んでくれている。
嬉しいねぇ。
「そりゃあ、オレだっていつまでもやられっぱなしって訳にはいかね〜からな。弱点の一つも突かせてもらうさ」
「・・・弱点?」
オレの言葉に、きょとんとした顔をする葵ちゃん。
何だ、気がついて無かったのか。
「葵ちゃんさあ、右からのローキックした後、戻す時にほんの僅かだけど、上体が揺らいでるんだよ」
「・・・そ、そうなんですか?」
「ああ。今日はそこを利用させてもらった」
「あら、浩之、良くそれに気がついたわね?」
横で話を聞いていた綾香がそう言ってくる。
「まあな。流石にこう何度も綾香や葵ちゃんの相手をしていれば、自然と目も鍛えられてくるって訳さ」
そう言いながら、軽く体をひねってみる。
うん、痛みはかなり引いたようだ。
「おかげで、これまでで最高記録の6発当てたぜ」
「そうですね。私、びっくりしちゃいましたよ」
そう言って葵ちゃんは嬉しそうに笑った。
「でも、本当に浩之、強くなったわね〜。葵があそこまで苦戦しているの、初めて見たわよ」
綾香がそんな事を言ってきた。
「そうか〜? 苦戦させられて居るのは、いつもオレの方なんだけどなぁ」
「そんな事ないですよ。ねえ、綾香さん?」
葵ちゃんの言葉に、綾香が頷く。
「ま、これだけいいコーチが2人もそろって居れば、当たり前かしらね〜」
綾香が、そう言ってけらけらと笑ってる。
「そう言われても、何つ〜か、実感がねぇ・・・」
と言うか、このコーチ達、強すぎ。
俺がそんな事を考えて居ると・・・。
「ふーん・・・なかなか面白い事になってるじゃない」
そんな言葉とともに、学校の方から現れたそいつは・・・。
「あ、坂下さん、こんにちわ」
葵ちゃんが立ち上がって、坂下にぺこりとおじぎをする。
「葵、今日も頑張ってるみたいね」
・・・何故かは知らないが、葵ちゃんとの試合で負けて以来、このエクストリーム同好会の練習の場に、本当に時々だが坂下も顔を出すようになっていた。
「藤田、これで何敗目?」
「っせーよ。余計なお世話だ」
全く、こいつはこいつで口が減らねぇ。
ま、最初会った時より、何か性格がかなり丸くなったような気はするが。
「ところで藤田、どのくらい強くなったか実感が湧かないって、今言ってたわね?」
と、唐突に坂下はそんな事を言ってきた。
「あん? 何だよ、今の話聞いてたのかよ」
「私がこっちに来たらたまたま聞こえてね」
悪びれた様子もなく答える坂下。
「ま、オレのコーチたちは強すぎるからなぁ。何回当たっても負けてるし」
オレは、そう言って肩をすくめる。
隣では葵ちゃんが苦笑いをしていた。
「・・・じゃあ、藤田。次は私と手合わせでもしてみるか?」
と、坂下が唐突にそんな事を言ってきた。
何だって?
「おいおい、前も言ったが、空手部員が対外試合をしていいのかよ?」
オレは呆れながらそう聞いて見た。
「じゃあ、ルールはエクストリームルールで、練習試合って事にすればいい」
「あら、好恵にしては良いアイデアね。私もそれ見てみたいな〜」
「『私にしては』は、余計よ、綾香」
「あはは」
・・・おいおい。
「こら綾香、けしかけるんじゃねーよ。葵ちゃんも何とか言ってやってくれよ」
「あ、あの・・・私も見てみたいです・・・」
葵ちゃんが、消えそうな声で申し訳無さそうにそう言った。
・・・ダメだこりゃ。
そして、数日後、いつもの神社の境内。
「両者、前へ!」
綾香の声が境内に響き渡る。
言われて、オレは一歩前に進んだ。
あわせて、坂下も一歩前へと進んでくる。
「お互いに、礼!」
「おす!」
「お願いします」
まあ、いくら負けたとはいえ、坂下の実力は葵ちゃんと同じかそれ以上。
いくらなんでも勝てるとは思っていない。
だから、胸を借りるつもりで、オレはあえて『お願いします』と言った。
「両者、構えて!」
ざっ!!
一瞬にして構える、オレと坂下。
何か、やけに喉が渇く。
ごくりと、つばを飲みこんだ音がやけに耳に響いた。
「・・・はじめっ!!」
そして、その音を合図にしたかの様に、試合開始の合図。
ざざっ!
「!!」
合図と同時に、坂下は一気に距離をつめてきた。
しゅっ、しゅっ、ぱしーん!
しゅっ、しゅっ、ぱしーん!
そして、何発かパンチが繰り出される。が、オレは余裕を持ってスウェーでかわし、左手のみでガードする。
隙を見て、右の攻撃を出すと言う作戦だが・・・。
しゅっ、しゅっ、ぱしーん!
しゅっ、しゅっ、ぱしーん!
す、スキがねぇ・・・。
しかも、段々パンチを繰り出すタイミングが早くなってきている。
段々スウェーだけでは対応しきれなくなってきて、左手でガードする事が増えてきた。
このままじゃあらちが明かない。
ちらっ。
オレはほんの一瞬だが、左下を見た。だがこれはフェイクだ。
しかし、坂下はそれに反応して、わずかに右半身を引いた。
今だっ!
ずざっ!
しゅっ、しゅっ、ばしーん!
ぱしっ、ぱしっ、すぱーん!
オレの攻撃に、坂下は驚いたような顔をして、体勢を立て直そうとしたのか、距離をおいた。
だが、それも計算のうちだ!
ずざざっ!!
「むっ!!」
ぱしっ、ぱしっ、すぱーん!
すぱーん、ぱしっ、ぱしーん!
パンチ2回からのローキック。そこから回し蹴りを入れて再びパンチ2回。
オレのもっとも得意とする攻撃パターンだ。
流石に坂下は堪え切れなかったのか、ぐらりと上体が揺らぐ。
オレはそのまま追い打ちを入れようとして・・・。
次の瞬間、オレはパンチを打てず、拳は止まっていた。
その瞬間、坂下は体勢を立て直して、猛ラッシュを加えてきた。
ぱしっ、ぱしっ、すぱーん!
ぱしっ、ぱしっ、すぱーん!
しまった、ガードが・・・。
ずぱーん!!
次の瞬間、みぞおちに思いっきりパンチを入れられる。
・・・駄目だ、耐えられねぇ・・・。
どさっ。
オレは、その場に崩れ落ちた。
「勝者、坂下!」
倒れたオレの耳に、綾香の声が聞こえてきた。
・・・ちぇっ、負けちまったか・・・。
「なかなかいい試合だったじゃないの」
起き上がって座り込んでいるオレの方に、綾香がそう言いながら近寄ってくる。
「あたた・・・いや〜、やっぱり勝てねぇもんだなぁ・・・」
「まあ、好恵は葵と同じくらい強いからねぇ。勝負は始まる前から見えていたけどね〜」
「ほっとけ。あー、いたた・・・」
痛みに顔をしかめていると・・・。
「藤田・・・さっきの、アレは一体なんだ?」
坂下が、語気を強くしながら聞いてきた。
それに、何やら怒った様な顔をしている。
「・・・さっきのアレって、何の事だ?」
取り敢えずとぼけておく。
「ふざけるな! お前がパンチ2回、ローキックからさらにパンチを入れてきた時!」
・・・何だ、気がついてやがったのか。
「・・・私も気になっていました。藤田先輩、あの時好恵さんが体制を崩した時に、追い打ちかけようとして、止めましたよね?」
葵ちゃんも、複雑な表情でオレの方にそう言ってくる。
「・・・ああ、確かにそうだ」
「じゃあ、何で止めた! 返答しだいでは・・・」
「・・・顔にあたるからよ」
オレに詰め寄ろうとした坂下を、綾香が止めた。
「・・・『顔にあたる?』」
坂下と葵ちゃんが、不思議そうな顔をして聞き返してきた。
「だからよね、浩之?」
綾香はそう言って、意味ありげな笑みを浮かべている。
「・・・何だ、綾香は気がついてたのかよ」
「そりゃあ、いつも似たようなパターンで負けてる貴方を見てれば、ね」
そう言って、綾香はウインクをしてくる。
ちぇっ、お見通しって訳か。
「何の事だ?」
「ま、つまりはあそこで追い打ちを入れれば、顔に当てちまうだろう?」
「それがどうした?」
「いくら同意の上の試合とは言え、女の顔に拳を当てるなんざぁ、オレのプライドが許さねぇ。ま、そう言う訳だ」
「・・・・・・」
坂下はあっけにとられた顔をしていたが。
「・・・ふふ、はははははは!」
次の瞬間、思いっきり笑い出しやがった。
「・・・何がおかしいんだよ?」
「ははは・・・イヤ、な。『試合に勝って勝負に負ける』ってのは、こういう事を言うんだなぁ、ってな」
そう言って、オレを見下ろした坂下は、何やら優しそうな笑みを浮かべていた。
− 終わり −