「読書の秋(+食欲の秋)」
(Episode:七瀬 留美(ONE)/突発企画シリーズ第3段)
ふと視線を上げると、七瀬が何やら真剣なまなざしで本を読んで居た。
まあ、一般的には秋と言われるこの季節。
読書の秋だろうが趣味の秋だろうが乙女の秋だろうが(?)、とにかく秋らしければそれで良いだろう。
さしずめ、俺は『睡眠の秋』だ。
そう結論付け、俺は再び机に突っ伏した。
「・・・ねえ、折原?」
と、せっかく再び睡眠体制に入ろうとして居た俺に、七瀬が声をかけてきた。
「ねえ、折原、起きてる?」
「・・・寝てる」
そう答えると、はぁっと溜め息をつく音が聞こえた。
「じゃあ、寝ててもいいや。あのさ、今晩何か食べたいものとかって、ある?」
「んー・・・そうだなぁ」
頭の中で、ざっと今までに作ってもらった事があるメニューを列挙してみた。
・・・んー。
特に思い付かん。
「んー、そうだなぁ・・・ま、七瀬が作ってくれるんなら、何でもうまい」
取り敢えずそう答えておく事にする。
「ば、ばかっ、何言ってるのさっ!」
机に突っ伏したままなので表情は解らないが、泡食って顔を赤くして居るに違いない。
可愛い奴。
「照れるな。本当の事を言ったまでだ」
そんな事を平気で言える俺自身に照れる。
だから、机に突っ伏したまま俺はそう答えた。
「・・・ありがとう」
ぼそっと、小さい声。
「で、今日の晩ご飯なんだけど、ちょっとこれ見てくれない?」
その声と共に、ことんと、俺の目の前に本が置かれる音。
ちっ、仕方ねぇ。
泣く泣く顔を上げると、目に飛び込んできたのはハンバーグの写真。
「・・・ハンバーグ? って、何だ、料理の本か」
表紙を見ると、『秋らしい料理レシピ全集』とか書いてある。
「うん、何か、たまには違ったメニューにも挑戦してみたいなぁって、思ってね」
そう言いながら、七瀬はメニューの題名らしい所を指差した。
「何々? 『ハンバーグのキノコとアスパラ添え』?」
キノコとハンバーグってのは良く聞くが、アスパラ?
「この時期のアスパラも、おいしいわよ。茹でてから軽くバターとかで炒めて、ちょっと醤油をたらすの」
「ほうほう」
そう言われると、何かすごくうまそうに聞こえる。
「で、どうかな?」
「そうまで言われると、試すしかないだろう?」
「じゃ、決まりね」
そう言って七瀬は嬉しそうに笑った。
「さーてとっ! じゃあ、がんばってみようかなっ」
食材を買って俺の家に上がると、七瀬は腕まくり一つ、ガッツポーズをした。
おお、何か気合いが入ってる!
「それは当然よ。何たって乙女の技の見せ所だからね、気合いも入るわよ〜。さあ、覚悟して待ってるのよ、折原!」
そう言って、右手に構えた包丁をびしっと俺につきつける。
「だーっ! 危ないから包丁は人に向けるなあっ!」
覚悟する前に命を落としていちゃあシャレにもならん。
・・・そして30分後。
目の前で、昼間に俺に見せた料理の本を読み返す七瀬の姿があった。
「うーん・・・こうしてああして・・・ぶつぶつ」
「おーい・・・早くしてくれよ〜・・・。俺、もう腹ぺこだぞ・・・」
ソファの上で空腹に耐えながら俺はそう言う。
「うん、でももうちょっとで、完璧に手順を覚えるから・・・」
おいおい、それまでおあずけか?
「本見ながらでも作れば良いだろうによ」
呆れながらそう言ってやる。
「・・・あ、そっか」
今まで気がつかなかったのかっ!?
そして更に30分後。
台所からはうまそうな匂いが漂ってきた。
バターの臭い、醤油の臭い、ハンバーグが焼ける匂い。
「はい、お待たせ・・・その、ちょっとコゲちゃったけど・・・」
ちょっと申し訳無さそうな顔をした七瀬が、お盆に料理を乗せて居間にやってきた。
見ると、確かにハンバーグのこげ目が、少しキツめだった。
「まあ、まあ。とりあえずは食べてみようぜ。評価はそれからだ」
「うん、そうだね」
そう言って、早速俺達は出来上った料理を食べ始める。
「じゃ、いただきます。・・・もぐもぐ。お、けっこーいけるじゃん。このアスパラとキノコもなかなかいいぞ」
ハンバーグ、アスパラ、キノコの順に手を付けて行く。
確かにハンバーグはちと焼きすぎ感があったが、食えないほどじゃない。
それに、アスパラとキノコは絶妙な焼け具合で、ハンバーグの失点を補ってあり余るくらいだった。
「本当に? じゃあ私も。・・・あ、本当、結構うまく行ってる」
俺の評価をじっと待って居た七瀬も、漸く食べ始めた。
「・・・ごちそーさん」
ふう、食った食った。
ふーっと、息を吐き出す。
うむ、満足。
「・・・でも、遅くなった上に、ハンバーグ、失敗してゴメン」
と、七瀬が申し訳無さそうな顔をしてそんな事を言ってきた。
「何だ? まだそんな事気にしてたのか?」
「・・・だって・・・」
ま、そりゃあそうか。
俺は、こほんとせき払いを一つ。
「な〜に、気にすんな。空腹と愛情は最高の調味料って言うだろう?」
俺は、そう行ってニヤリと笑った。
「・・・バカ」
顔を赤くしながらも、七瀬は嬉しそうに微笑んで居た。
− 終わり −