「夜長の秋と睡眠の秋」
(Episode:水瀬 名雪(Kanon)/突発企画シリーズ第2段)


「くー」
「・・・・・・はぁっ」
 俺はただ溜め息。
「くー」
「・・・これはまた、何時もに増して盛大に寝てるわね」
 香里が呆れながらそう言う。
「くー」
「ああ、全く。水瀬さんが寝汚いのは聞いていたけど、これ程までとは・・・」
 北川は頭を掻きながら、そう言った。

 時間はちょうど昼休み。
 うまい具合に弁当組とパン組が集まった俺達は、教室で4人の机を集めて、おしゃべりをしながら昼飯を食って居た。
 ところが名雪の奴、食べながら寝ている。
 ・・・『寝ながら食べて居る』の方が正解だろうか?
「くー・・・もぐもぐ」
 き、器用な奴。
「おい、名雪、寝るか食べるかどっちかにしろ」
 ぺしっと、軽くツッコミを入れておく。
「・・・うん、お弁当食べなきゃ・・・」
 眠そうに目をこすりながら、それでも何とか必死に意識を保とうとする名雪。
 見て居る分には面白いのだが、そうも言ってられない。
「ねえ、名雪? ここ最近ずっとそんな風だけど、一体どうしたの?」
 心配そうな顔をして、香里が名雪に尋ねた。
「えっと、ちょっと夜更かししちゃって・・・あはは」
「夜長の秋ってか?」
「うん、そうだよー」
 俺がそう言った言葉に、うんうんと頷く名雪。
 名雪の場合、ついでに『睡眠の秋』も追加だ。
「・・・それにしては、ここ最近ずっとそうじゃないの。何かやってるの?」
「えっと、まだ秘密なんだよ」
 香里の問いに、名雪はそう答えた。
「・・・『まだ』?」
「うん、そのうち解るよ〜。・・・うん、このにんじんの煮つけ、おいしい」
 そんな事を言いながら、名雪は自分の弁当を再び食べ始めた。


「ねえ、相沢君」
 放課後、昇降口で靴を履き替えて居る所を、香里につかまった。
「どした?」
「あのさ、名雪が夜更かししてまで何してるのか、本当に知らないの?」
「・・・俺だって知りたいくらいだ」
 答えの代わりにそう言って肩をすくめる。
「なるほどね」
 はぁっと、二人でため息をつく。
「・・・うーん・・・」
 香里は何やら思案顔をして居たが、
「ねえ、何とかして、名雪が何して居るのか調べれないかな?」
 と、そんな事を言ってきた。
「努力はするが、保証は出来無いぞ。なんせ最近の名雪、あの状態になってからガード固いからな」
 俺も気になって、何度か調べてみようとしたのだが、ことごとく失敗に終わってる。
「うん、解ってる。じゃ、また明日ね」
「ああ、じゃあな」
 軽く手を振って香里を送り出した後、俺も歩き始める。
 さて、どうしたものか・・・。


 夜。
「ごちそうさまでした」
 晩飯を食べ終わった名雪が、そそくさと部屋の方に戻って行った。
「うーむ・・・」
「祐一、どうしたの? その春巻いらないなら真琴がもらっちゃうよ〜」
 ひょいと伸びてきた箸から春巻を左手でガードしつつ、俺は昼間の事を考えて居た。
「あう〜、取れない〜」
 真琴はしつこく俺の春巻を狙ってくる。
「・・・まてよ?」
 目の前にスパイに最適な人物が居るじゃないか。
「真琴、その春巻、お前にやるよ」
「本当に? やったー! ありがとう祐一。じゃ、いただきまーす」
 そう言ってひょいっと春巻を持って行く真琴。
「その代わり、と言っちゃ何だが、ちょっと頼まれてくれないか?」
「もぐもぐ・・・ほえ? 何を?」
「実はだな・・・」

「じゃあ、頼んだぞ」
「うん、任せといて。春巻の分くらいは働いてみせるよ」
 俺の部屋で事情を話して、真琴の協力を取りつける。
 真琴はそう言って、自分の胸をぽんっと叩いた。
「おう、成功したら肉まん追加だ」
「やった! よーし、頑張るぞ〜」
 何やら気合を入れながら、真琴は名雪の部屋へと向かって行った。
「・・・コレでうまく行くといいけど・・・」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・お前ね」
「あう〜・・・」
 そして一時間後。
 目の前には、袋菓子3袋で敵に買収された裏切り者が居た。
「・・・あの、祐一、このおせんべい、おいしいよ? 祐一にもおすそ分け・・・」
「・・・肉まん無し」
「・・・あうー・・・」


 そんなことが続いた数日後。

 ひゅ〜。

「ぶるっ! うう、風が冷たい・・・」
 玄関から外に出ると、身を切るような冷たさの風が吹いて居る。
 もう間もなくしたら、また雪の季節が来るだろう。
「祐一、お待たせ」
 後から出てきた名雪と、並んで歩き出す。

「それにしても、すっかり寒くなったね」
「ああ、全く。外に出るのが辛い季節になったなぁ」
 そう言いながら、俺は冷たくなった手に、はーっと息を吹き掛ける。
 と、名雪が何やら鞄から取り出したかと思うと、俺の手に『それ』をかぶせた。
「? ・・・これは・・・毛糸の手袋?」
 俺の手には、紺色の毛糸で編まれた手袋がかぶせられて居た。
「うん、寒くなってきたからね。それと、はい、これも」
「・・・マフラー・・・?」
 名雪は、同じ色のマフラーを、俺の首に巻いてくれる。
「3週間もかかった大作だからね、大事にしてよ」
 3週間?
 ・・・あ。
「もしかして、ここん所ずっと夜更かししてたのって・・・」
「うん、これ編んでたんだよー」
 そう言って、にこりと笑う名雪。
 何だかじーんと来た。
「名雪・・・ありがとうな」
「どういたしまして、だよ」
 改めて見たマフラーと手袋には、毛糸だけではない暖かさがあった。

− 終わり −