「そして、いつもの冬」
(Episode:水瀬 名雪(Kanon)/KeySSシリーズ・その4)


 雪が、降っていた。
 あの日と変わらず、雪が降っていた。
 音もなく、ただ、静かに。
 この世の全てを覆い隠すかの様に・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。


「ふぅ・・・こんなに遅くなっちまった」
 夜も遅いのに、人の多い駅。
 最終電車に揺られて帰ってきた俺は、そうつぶやいて、改札口を通過した。

 何の事はない、昼前に降り出した雪が、予想以上に降ってきたもんで、交通機関が麻痺していただけの話だ。
 この雪国で交通機関が麻痺するってんだから、いかに凄まじかったかは、まあ言わなくても解るだろう。
 昼前に講義が終わった名雪は問題無く帰れたようだが、午後も講義があった俺は、おかげでその影響をもろに食らったと言う訳だ。

 で、気がつけば最終電車。
「・・・はぁ・・・腹減った・・・」
 電車が動くまでずっと駅の待合室で待ってたせいで、晩飯も食っていない状態だった。
「・・・取り敢えず、帰るか」
 ため息を一つ、俺は覚悟を決めて歩き出した。
 人ごみをかき分けて、駅前へと出る。
 駅前の時計は、既に12時を過ぎている。
 明日が休日だと言うのがせめてもの救いだなぁと、ぼんやりと考えていると、その時計の根元に、頭に雪を積もらせているそいつの姿があった。
「・・・あ」
 俺の姿を確認すると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お帰り、祐一」
「・・・何時から待ってたんだ?」
「んーと・・・昨日かな?」
 そう言って、名雪は少し微笑んだ。
「・・・こんな寒い中で待って無くても良かっただろうに・・・」
 名雪の頬に触れて見る。
 ・・・案の定、冷え切っていた。
「こんな事してると、風邪引くぞ」
「大丈夫だよ」
 何を根拠にそう言うのやら。
「だって、祐一が温めてくれるから」
「おい・・・公衆の面前で、そんな恥ずかしい事言うな」
「大丈夫だよ。聞いてるの、私と祐一しかいないから」
 ふと気がつくと、駅前は既に誰も居なくなっていた。
「・・・帰ろうか」
「うんっ」

 並んで、歩き出す。
 さくさくと、雪を踏む音だけが辺りに響き渡る。
 いつの間にか、あんなに激しく降っていた雪は、粉雪へと変わって行った。

 粉雪舞う寒空の下。
 吐く息は白く、聞こえてくるのは二人分の雪を踏みしめる音だけ。
「ね、あそこ」
「ん?」
「自販機」
 言葉少なげにそう言った名雪の指差す方向にある自販機で、缶コーヒーを一本買う。
 それを二人で握り締めて。
「・・・あったかいね」
「・・・うん」
 お互い、冷たくなった手を温めるように、缶コーヒーをはさんで握り締める。
「飲もうか。冷めたらもったいないし」
「うん」
 二人で分け合って飲んだ、缶コーヒーの暖かさは、名雪の温もりにも似ていた。
「やっぱり、寒いね」
「うん」
「腕、組もうか。その方が、まだ暖かいよ」
「・・・うん」
 二人、腕を組んで、また歩き出す。
「帰ったらさ」
「うん」
「熱いシチューにしようか」
「いいね」
 少し頬を染めた名雪の笑顔が、何だか妙に嬉しかった。

− 終わり −