「新芸”疲労”」
(Episode:割とオールキャスト(AIR)/KeySSシリーズ・その3)
− 1 −
「・・・はぁ」
アスファルトも溶けそうな午後の日差し。
誰も通らない商店街のメインストリート。
そして・・・相変わらず儲けの無い、俺。
「・・・はぁ」
何度目かのため息。
「・・・時間が悪いのか・・・?」
考えてみれば、この時間で人通りがあった事など、数える程度しかない。
・・・まあ、解らないでもないが。
この季節、好き好んで猛暑の中に買い物に出よう等とは、普通なら考えないだろう。
「・・・はぁ・・・」
もう一度ため息をつき、足元に居る二人・・・正確にはそいつらは「人」ですらないが・・・の方を見た。
「・・・お前らさ。暑くないのか?」
「ぴこぴこ〜」
ポテトが答える。
「・・・ま、そりゃあ毛玉の塊みたいなお前だから、暑いか」
「ぴこ♪」
そのとおり、と、胸を張るポテト。
「イヤ、自慢されても困るんだが・・・」
そう言いながら、俺はもう一羽の方を見た。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・?」
そらが、『何?』と言わんばかりに首をかしげる。
「・・・ま、お前も暑いわな。真っ黒だし」
そう言って、俺はそらの背中を撫でてやる。
案の定、そらの背中は熱を持って居た。
「と、言う事でだ」
「のわあっ!」
突然、後ろから声がしたので、思わず飛びのく。
飛びのいた俺に踏みつぶされそうになって、慌てて避難するポテトとそら。
「いきなり後ろに現れるなっ!」
「君が入り口に背中を向けて居るから、後ろから現れるしかないだろう?」
あきれたような口調で、聖がそう言う。
「だったらせめて入り口から声をかけるとか、俺の前に回るとかしてくれ・・・」
はっきり言って心臓に悪い。
「ふむ・・・」
何やら考え込む聖。
「・・・まあ、善処しよう」
賭けてもいい。多分善処しない。
「で?」
俺は話題を切り替える事にした。
「一体何が『と、言う事でだ』なんだ?」
「3名様ご招待、だ」
そう言って、聖は診療所の入り口を指差した。
なるほど、そう言う事か。
「じゃあな」
俺はくるっと回れ右をすると、かげろうが立ち上る中を歩き始めた。
聖の暇潰しに付き合うつもりなど、これっぽっちも無い。
「冷え冷えのメロンがあるのだが・・・」
きゅぴーん!と音が出るほどの目つきで聖を見る。
「冷え冷えのメロン・・・?」
「ちなみに、残念ながらメロン割りと言う競技は無いぞ」
「あたりまえだっ!」
そんな事をしたら、待合室の被害は前回のスイカ割りの比では無いだろう。
「ごちそうさまでした」
俺は、皮だけになったメロンの上に、スプーンを置いた。
メロンなんて食べたのは、一体何年振りだろう?
思わず、行儀が良くなる。
「ああ、お粗末さま」
ちょうど食べ終わったらしい聖が、ビニール袋にメロンの皮を集める。
「ぴこ〜」「ばさっばさっ」
「そうか、君達もうまかったか」
「ぴこ!」「ばさっ」
ポテトとそらも、時を同じくして食べ終わったらしい。
「つーか、犬とカラスもメロン食べるのか?」
大発見だ。
「でだ。国崎君、一つ提案が有るんだが・・・」
メロンの皮と皿を下げてきたらしい聖が戻ってくると、突然そんな事を言ってきた。
「提案?」
「ああ。これは君の芸に関する重大な提案だ」
俺の芸に関する重大な提案?
「で、何だ?」
一応気になったので、聞いてみる事にする。
「国崎君、君の法術では、一度に複数の物を動かすことは可能か?」
「一度に複数の物?」
言われて、俺は思わず両手を見てみる。
「・・・試した事も無いな、そう言えば」
いつも動かして居た、母親から貰った人形。
俺が金を稼ぐ手段として使うようになって以来、金を稼ぐ時はもっぱら、『この人形のみ』を動かして居た。
「もしそれが可能なら、君の人形劇に多少のバリエーションが加わるのではないか?」
聖はそう言って、意味ありげな笑みを浮かべて居た・・・。
………。
……。
…。
− 2 −
「・・・なるほど」
そうつぶやいて、美凪は意味ありげに頷いた。
「と言う事で、お前達4人の知恵を借りたい・・・って、あいつらは・・・」
話を聞いて居たのは美凪のみ。
観鈴と佳乃とみちるは、シャボン玉を膨らませるのに熱中して居た。
佳乃の足元ではポテトが、そして観鈴の肩の上ではそらが、それぞれ一緒になって、飛んで行くシャボン玉を眺めて居る。
俺、強烈に人選ミスか?
結果から言えば、大変疲れるが、法術で同時に複数の物を動かす事は可能だった。
どうやら、この力は俺が思って居た以上に強い物らしい。
で、複数の物を動かせることは解った。では、具体的に何を動かしたら金になるか?
俺は、この町で知り合った4人の少女達にそれを聞いてみる事にしたのだが・・・。
ふと見ると、みちるがシャボン玉を膨らませようとして居た。
「ふぅ〜〜〜・・・」。
ぱちんっ。
「わぷっ」
ごしごし。
「んにゅぅ〜・・・」
「・・・・・・」
「ふぅ〜〜〜・・・」
ぱちんっ。
「わぷぷっ」
ごしごし。
「んにゅぅ〜〜〜・・・」
・・・不憫だ。あまりにも不憫だ。
「大丈夫だよ、みちるちゃん。ゆっくり吹いてみて」
「そうそう! すぐにうまくなれるよぉ」
側では観鈴と佳乃が一生懸命コーチをしていた。
これだけを見れば、実に微笑ましい光景ではある。
「・・・って言うか、俺の用事は?」
どうやらあの3人には、すっかり忘れられて居るらしい。
「はぁ・・・」
思わずため息が出る。
「・・・で、何か良い知恵は無いか?」
「・・・そうですね・・・」
俺は、最後の望みにすがる思いで美凪の方を見た。
美凪は、何やら考えて居るようだったが。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・あ」
何かを思い付いたらしく、ぽんと手を打つ。
「お、何か思い付いたか?」
「・・・はい」
そう言って、俺の人形をまじまじと見つめる。
「・・・もう一人」
「もう一人?」
「はい・・・」
そして、俺の人形を手に取った。
「・・・もう一人、作りましょう」
「・・・なるほど」
確かに、人形が2体なら、人形劇のバリエーションも増える事になるだろう。
「では、またお借りします。新しく作るとなると、今度は2日ほどかかると思いますが・・・」
美凪はそう言って、俺の人形を手に取ったまま俺の方を見た。
「・・・よろしいですか?」
「ああ、すまんがよろしく頼む」
「はい・・・」
こくんと、頷く美凪。
− 3 −
そして、2日後。
出来上ってきた人形は、使って居る布の差はあれ、俺でもどちらが元から持って居た物か見分けにくいほどの出来だった。
「・・・では、どうぞ」
そう言って、手渡された人形2体。
「さんきゅ」
「・・・いえ」
美凪はそう言って、微笑んでいた。
「しかし、良く出来てるな」
「・・・がんばりましたから」
「おう。流石は美凪だ」
「・・・えっへん」
少し照れながら、小さく胸を張る美凪。
さて、人形は手に入った。
問題は、これを使ってどういう風な人形劇をするか、だが・・・。
「おおっ、にんぎょうが二人! 国崎往人、何かやって見せて〜!」
目ざとく見つけてきたみちるが俺の手の中をのぞき込んで、そう言って来る。
「なになに? 往人さん、今度は何を見せてくれるの?」
「往人くん、私も何か見たいよぉ」
目を輝かせながら俺の周りに集まる、観鈴と佳乃。
「ん〜・・・じゃあ、ちょっとお前らに質問」
「え、何?」
俺は、目の前に人形2体を置く。
「さて、ここに二人の人形が居る」
「ふんふん」
真剣に聞いている4人の少女達。
質問をして居る俺も真剣だ。
「じゃあ、この人形を使って、何の芸を見せると喜ばれると思う?」
喜ばれる。
少し前の俺なら考えなかった事だ。
俺は今まで、金を稼ぐ手段として、この人形を使って来ていた。
確かに昔は、人を喜ばせようと思って、人形の操り方を練習していたかもしれない。
しかし、そんな感覚は、長い旅の間ですっかり忘れていた。
そして、それを思い出させてくれたのが・・・。
「・・・兄弟節」
「演歌じゃないんだから」
「・・・残念」
心底残念そうな顔をするなよ・・・。
「じゃあ、ココに居るポテトとね」
「ぴこ?」
「うんうん、ポテト、そこに居てね。それと、往人くんのお人形さんで、ダンス3兄弟!」
「・・・おい、ポテトにまたあの踊りをさせるのか?」
「あ・・・・・・」
はっきり言って、アレはもう見たく無い。
「ぴこ〜・・・」
何やら足元から残念そうな声が聞こえて来たが、あえて無視して置こう。
「じゃあ、そらと一緒に」
そう言って地面に置かれたそらは、どうして良いか解らずに俺の方を見ている。
「・・・で、その後は?」
「ブレーメンの音楽隊。にははっ」
「数も足りないし、それに、あれに出て来たのはニワトリでカラスじゃないぞ」
「が、がうっ・・・」
「んにゅぅ・・・だったらさ、お相撲取らせてみるとか、どう?」
「相撲?」
「そう。はっけよーい、のこった〜!!、ってね」
何か妙に嬉しそうだが。
しかし・・・相撲か。
「・・・そうか、その手があったか」
「んに? その手って、どの手?」
「イヤ、そう言う意味じゃないぞ」
翌日、早速霧島診療所の前で、地面に丸を書いて、人形をセットする。
「さあ、楽しい人形劇の始まりだ」
………。
……。
…。
− 4 −
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ダメじゃん」
「・・・はぁ・・・」
溜め息をつくと、俺はその場に倒れ伏した。
あきれ顔で見下ろしている、聖。
それから数日後。
俺は、いまだに一銭の稼ぎも無かった。
理由は簡単。
一度に2体もの人形を動かすと、あまりにも疲れて法術が5分と持たないのだ。
「それにしても国崎君、せっかく私が知恵を貨してやったと言うのに、これでは全く意味が無いじゃないか」
「仕方ないだろう、今までこんな疲れる法術の使い方なんかした事ないんだから」
「では、鍛えるしかないな」
「・・・ああ、解ってはいるんだが・・・」
俺は、目の前の2体の人形に念を込める。
・・・ぴくっ。
両方の人形が、一瞬震える。
・・・しかし、そこまでだった。
「・・・はぁっ・・・ダメだ・・・疲れた・・・腹減った・・・」
結局。
2体の人形、と言う案は、俺がギブアップした事によって幕を閉じた。
・・・とんだ新芸披露だった・・・。