「名雪の就職先、と言うもの」
(Episode:水瀬 名雪(Kanon)/KeySSシリーズ・その2)
それは、夏のある日の事。
「祐一、進路希望、何て書いた?」
いつもの様に、百花屋でおしゃべりをしながらお茶して居た時、ふと名雪がそんな事を聞いて来た。
「イヤ、まだ書いて無い。名雪はどうするんだ、進路?」
「私もまだ書いていないよ。お母さんとも相談したいからね」
「まあ、そうだろうな」
実の所、俺も名雪と似た様な理由でまだ進路を書いていなかった。
親とも一応相談して見たいと言うのもあるが、出来れば名雪と進路を合せたい。
名雪が大学へ行くと言うのであれば同じ大学を目指すし、就職すると言うのであれば俺も就職しようと思っていた。
「で、実際の所、名雪はどうしようと思っているんだ?」
「私? う〜ん・・・一応、進学、かな?」
「へぇ。んで、どこに?」
「うん、隣町の大学」
隣町の大学、か。
まあ、名雪の学力なら妥当な所だろう。そして、俺の学力でも妥当だと思う。
「・・・でも」
「ん? でも、何だ?」
「うん。でも、受験に失敗しても、私は就職先が有るから大丈夫かな」
何?
「どこだ、その就職先って?」
と、俺がそう聞き返すと、何故かは知らないが名雪はたちまち不機嫌そうな表情をした。
「祐一、酷いよ。そんなの、祐一が良く知っているくせに」
「は? 俺が良く知っている?」
「ダメだよ、そう言うのは普通は口に出さない物だよ。だから教えてあげない」
それから、俺はあの手この手で聞き出そうとしてみたが、結局名雪は教えてくれず、しかもずっと不機嫌なままだった。
・・・俺が良く知っている所、ねぇ。
「相沢君が良く知っている所?」
翌日。
俺は、名雪が日直の仕事で居なくなった所を見はからって、香里に聞いて見た。
「名雪、そんな事言ってたの?」
「ああ。でも、よく解らなくてな」
「ふーん・・・」
何か納得したような顔してるし。
「何だよ、その『ふーん』ってのは?」
「相沢君、本当に解らない?」
と、香里が真面目な顔をして聞いて来た。
「・・・だから聞いてるんだけど」
「はぁ・・・名雪が不機嫌になる理由も、何か解るわ」
香里はそう言って肩をすくめる。
「残念だけど、私は教えてあげられないわ」
「は? おいおい・・・」
「何の話?」
と、そこに名雪が戻って来たので、その話はそこで打ち切られてしまった。
・・・一体どう言う事だよ?
数日後。
放課後に、例の如く名雪と商店街に繰り出していた時の事。
「あ」
名雪が何かを見つけたらしく、そちらの方を見て立ち止まる。
「どした? 何か面白い物でも見つけたか?」
「ほら、あれ・・・」
名雪が指差す方向を見て見ると、丁度店と店の間から、ウェディングドレスに身を包んだ女性が出て来た所だった。
そのまま、手を引かれて、車に乗り込む。
どうやらこれから結婚式に向かうらしい。
「花嫁さん、綺麗だなぁ〜・・・」
名雪はうっとりと眺めている。
しかし、何で女の子って、ああいうのに憧れるのかねぇ?
「・・・・・・」
でも、名雪にも似合いそうだな・・・
「・・・あ」
そこで、俺は、この前名雪が不機嫌になった理由が解った。
「何が、『あ』なの?」
と、名雪が俺の顔をのぞき込んで聞いて来た。
「あ・・・イヤ、別に・・・」
その後、何時もの様に百花屋に入っていった。
「ところで祐一、この前の話の続きだけど・・・」
何でわざわざ、ここでその話を持ち出すかねぇ?
「本当に、私の就職先、解らない?」
「・・・言っておくけど」
「?」
「採用条件は、かなり厳しいぞ」
俺がそう言うと、名雪は一瞬びっくりしたような顔をしたが。
「うんっ!」
次の瞬間、嬉しそうに頷いた・・・。
「・・・何て話、してたの、覚えてる・・・?」
「そりゃ又、ずいぶん昔の話だなぁ」
「そうだね」
そう言って、名雪は楽しそうに笑う。
つられて、俺も笑っていた。
あれから4年。
名雪と俺は、当初の目標であった隣町の大学に受かり、まもなく卒業を迎えようとしている。
外を見れば、夜の闇が段々と薄らいでいっている。もうまもなく、夜があけて、朝が来る。
「でね、祐一」
「おう」
「いつ、私の採用通知、くれるのかな?」
ベットの中、枕に半分顔を埋めた格好の名雪が、聞いて来た。
「お前な〜・・・。そう言う物って、喫茶店のボックスとかで向かい合って、それでって言うのがパターンじゃないのか?」
「あ、祐一って意外とロマンティスト」
「うるせー」
自分でそういって置きながら、今のはちょっと恥ずかしかったけどな。
「あ、照れてる」
「だから、うるせーってよ」
俺はそう言って、名雪の口をふさいだ。
「・・・ん・・・」
しばらくして、開放してやると、名雪は潤んだ目つきでこっちを見ていた。
「祐一、ずるいよ」
「何が?」
「ちゃんと返事を聞かせてくれないんだもん」
「はぁ・・・あのなぁ、ベットの中で裸のままなのに、『結婚しよう』とか言っても、様にならないだろう?」
溜め息をつきながら、そう言ってやる。
「私は、それでもいいよ」
「・・・お前なぁ、少しは欲張れよ」
「いいんだよ。だって、祐一が居てさえくれれば」
そう言って、名雪はにっこりと笑った。
「・・・はぁ・・・本当、お前って欲が無いなぁ」
「そう?」
「・・・ま、良いか」
俺はそう言って、名雪をもう一度抱き寄せる。
そして、一言。
「・・・名雪、結婚しよう・・・」