「時代劇・遠山の綾香さん」
(Episode:来栖川 綾香(ToHeart)/「ToHeart・時代劇シリーズ」第2段)
花のお江戸は八百八町。
今日も色々な出来事が。
そんな、下町風情漂う長屋町で、今日も綾香さんが行く。
時代劇「遠山の綾香さん」。
綾香「ち、ちょっと待ってよ! 何で私が『金さん』な訳?!」
ナレーション「え? いやあの、他に適役居ないし、綾香さん自分から希望されたって聞きましたが・・・」
綾香「はぁ? 私が自分から希望・・・? ・・・そ、そう言えば、そんな事言ったような、言わなかったような・・・」
ナレーション「でしょう? たまには主役張るって言うのも、悪くはないですよ。ここは一つ、綾香さんの名演技、期待致しますよ。ね、ね?」
綾香「そ、そうね。うん、この綾香ちゃんにまっかせなさ〜い♪」
・・・え〜、やや中断が有りましたが、気を取り直して。
ある日の事。小料理屋「しの」にて・・・。
「おや、綾の字、いらっしゃい」
いつものように綾香がのれんをくぐると、「しの」の女将「芹緒」が出迎えた。
「女将さん、昼ご飯お願いね」
「あいよ」
綾香はそう言って店の中を見渡すと、奥の方に見慣れた十手持ちが二人いた。
南町の同心、松原葵と姫川琴音の二人だった。
「あら、松原のだんなに姫川のだんな。だんな方も昼ご飯かしら?」
その声に、箸を止めて顔を上げる二人。
「あ、綾香さん・・・じゃ無くて、綾の字じゃないか。また御天道様の高いうちから遊び歩いているのか?」
「まあまあ、それは言わない約束って事で。ところで、何かお勤めですか?」
そう綾香が言うと、葵は少し困った顔をした。
「・・・最近、材木問屋の長岡屋が裏で手を回して、かどあかしをやっているって言う噂がありましてね」
「へぇ、かどあかし。そいつはいけないわね」
少し驚いた顔をする綾香。
「でも、確かな証拠が無くてね。踏み込めないんですよ」
こちらも、困った顔で琴音が言った。
「綾さん、お昼ご飯出来ましたですぅ〜」
と、この店の小間使いの丸智がお盆を持って出て来た。
「あら、ありがと」
そして、綾香が昼ご飯を食べ始めた頃。
「じゃ、女将、ご馳走さん。お代はここに置いて置くよ」
「あいよ、ありがとさん」
そう言うと、葵と琴音は出て行った。それと入れ代わるように、北町の同心、神岸あかりが店に入って来た。
「あ、お奉行、こちらでしたか」
「何かあったの?」
あかりは綾香の向かいに座ると、綾香と同様昼ご飯を芹緒に注文した。
「長岡屋のかどあかしの件ですが、どうも最近の材木の価格高騰と関係が有るみたいです」
台詞を棒読みするがの如く話すあかり。
「・・・どうでもいいけど、その棒読み、相変わらずね〜、貴方も」
「・・・ううっ、ごめんなさい、私、どうもこう言う演劇って苦手で・・・」
その夜。
噂の、材木問屋「長岡屋」では、主の長岡志保が誰かと密会していた。
「保科様。勘定奉行のあなた様が木材の相場の変動を教えて下さった事で、こちらは大層儲けさせて頂く事が出来ました。こちらは、お礼として・・・」
すすっと出した、菓子箱。
「ほほう、山吹色の菓子やね。長岡屋、主も悪よのう」
「いえいえ、お奉行様ほどでは・・・」
そう言うと、志保は立ち上がって、隣の部屋へのふすまを開けた。
「今宵は、この様な指向もご用意致しました。ごゆるりとお楽しみ下さいませ」
隣の部屋には、後ろ手に縛られた町娘が、布団の上に寝転がらされていた。
智子「ち、ちょっと待ちぃな! 女が女を・・・その、こましても何もおもろう無いやないの!」
ナレーション「あ、いや、その・・・」
智子「配役ミスったんとちゃうん?!」
ナレーション「いや、あの〜・・・男性陣は用心棒って事で、既に配役決まっていたんで・・・ここはこらえて、お願い致しますよ〜」
智子「・・・じゃあ、次の話はうちが主役な」
ナレーション「・・・ははぁ、御意に」
智子「ま、そう言う事なら我慢するか」
「どれ、じゃあ楽しませてもらうとするかいな」
智子はそう言うと、寝転がらされている町娘の顔を見た。
町娘は、軽くウェーブがかかった黒髪、少し長めのまつげ。そして揺れている漆黒の瞳。なかなかの美人であった。
「娘、名は何と申す?」
「………………」
「え? お芹と申しますって? 何や、来栖川先輩、まんまやね」
「………………」
「え? すいませんって? いや、あんたさんは悪くはないんや。悪いのは脚本家やで」
「………」
「え? 劇を続けなくていいのですかって? あ、あかん、忘れてったわ」
「じゃあ、楽しませてもらうか」
そう言うと、智子はお芹の方に手を伸ばした。その瞬間!
ひゅ〜ん、びしっ!
「いてっ!」
智子の所に、クルミの実が飛んで来た。
「おおっと、そこまでよ! 姉さんに・・・じゃなかった、その娘に手を出すんじゃないわよ」
「何者や、あんたさんは!」
慌てたように後ずさる智子。
「私は綾さんって言う、けちな遊び人よ。それより、勘定奉行のあんたとそこの長岡屋がつるんで不正に儲けた話、この綾さんしっかりと聞かせてもらったわよ」
「な、何ですって〜! ええい、生きては返さないわよ! 先生方、お願いします!」
その声とともに、店の奥の方から、浪人風の男が二人ほど出て来た。
浩之(・・・しっかしよ、何でオレが志保の雇われ浪人役なんだよ! だったらまだ同心役の方が良かったぜ?)
雅史(しっ! 聞こえちゃうよ、浩之。演劇に徹しなきゃ)
浩之(ちぇっ、しょうがね〜なぁ)
「・・・ねずみめ、手加減はしねぇぜ」
そう言って、浩之は刀を抜く。同じように、刀を抜く雅史。
「やいやいやい! てめぇら、じたばたするんじゃねぇ! てめえらの悪事は、この桜ふ・・・」
綾香(ち、ちょっと! 本当に「あれ」、やるの?!)
ナレーション(だって、あれが無いと「遠山の金さん」にならないじゃないですか?)
綾香(だ、だからって・・・その、年頃の女の子にこんな事やらせる気?)
ナレーション(あれ? だからさっき女の子のスタッフ使ってさらし巻いたんじゃないんですか?)
綾香(い、いや、いくらさらし巻いたからって・・・その・・・)(赤くなって俯く)
ナレーション(だって、それを承知の上で主役張ったんじゃないんですか?)
綾香(うう・・・わ、わかったわよ!やればいいんでしょう、やれば!)
「・・・て、てめえらの悪事は、この桜吹雪が、全てお見通しでぃっ!」
ばさっ。
大きく上着がはだけられ、目にも鮮やかな桜吹雪の刺青が。
「おおっ!」
驚く一同。
浩之「・・・へぇ、綾香って結構・・・」
綾香「ちょっと浩之! じろじろ見ないでよ! 恥ずかしいんだから!!」
「・・・あ〜、ごほん。では、参る」
浩之はそう言うと、刀を構え直した。
じりっ、じりっ。
一定の間合いを置いたまま、互いにゆっくりと移動する綾香と浩之、雅史。
「でやぁ!」
と、気合いの声と共に浩之が綾香に切りかかった。
バシッ!
「げっ・・・」
ばたっ。
すれ違いざまの一撃で、倒される浩之。
浩之(あ、綾香・・・手加減してくれって・・・言ったじゃねぇかよ)
綾香(あ、ゴメンね〜。後で何かおごってあげるから、許して)
「やあっ!」
続いて切りかかった雅史。しかし、こちらもすれ違いざまに倒されてしまった。
「あ、あわわ・・・」
頼みの綱の用心棒を倒され、後ずさる志保と智子。
と、その時。
ぴ〜、ぴ〜。
「Freeze! 北町奉行所ネ! 町娘かどあかしと木材の不正取り引きの疑いで捕らえるヨ! 神妙に縛に就くネ!」
北町奉行所の役人・レミィとあかりが長岡屋の中に突入して来た。
それと入れ違うようにその場を後にする綾香。
「かわら版だよ〜、かわら版だよ〜!
昨日の夜の事、前から悪どい商売をしていた長岡屋に、ついに北町奉行所の手が入った!
何でも町娘をかどあかしていたそうじゃないか! いや〜、恐い話だねぇ!
と言う事で、詳しくはこのかわら版に載っているよ! 一部2文だ! さあ、買いねぇ買いねぇ!」
かわら版を持った理緒が、「しの」の前で大声をあげてかわら版を売っていた。
「しの」の中でそれを聞いた葵と琴音は、ため息を一つついた。
「また、北町にやられましたね〜」
「そうですね・・・」
「北町奉行、遠山綾香上様、ごしゅつだ〜」
その声と共に、頭を下げる一同。
奥の方からは、妙に足の長い羽織袴を着た綾香が歩いて来て、座る。
「こほん。・・・これより、材木問屋長岡屋の木材不正取り引きと、町娘かどあかしの件に付いて吟味致す。一同、面を上げい」
顔を上げる一同。
「なお、本日の吟味に際して、参考人として勘定奉行、保科智子様の同席も願った」
軽く智子に頭を下げる綾香。こくんと頷き返す智子。
「さて、材木問屋長岡屋。その方、木材の相場が高騰するのを知るや、木材を大量に買い占め、相場の何倍もの価格で売りつけ、不正に利益を得たると調べには有るが、これに相違は無いか?」
「冗談じゃないわ・・・じゃなかった、滅相もございません。私は皆様の為を思って、利益も僅かながらにしか得ないをモットーに商いをさせて頂いております」
「ほう。ならば、そこにいる町娘お芹をかどあかし、接待させたる事に着いてはどうだ?」
「とんでもありません。この様な娘とは、今日顔を合わせるのも初めてでございます」
手を振って答える志保。
「………………」
「え? お奉行様、遊び人の綾さんって人が私を助けてくれましたって?」
「ほほう、この町娘、何を話すかと思えば、綾さんだと? じゃあ、その綾さんとやらを出してもらいましょうか!」
「そうだそうだ!」
「綾さんとやらを出せ!」
騒がしくなる御白州。
「・・・じゃかあしいわ!」
と、綾香が一喝した。途端に静まり返る御白州。
「黙って聞いていたらよ、誰も見ていない事をいいことにごまかそうって言うのかい?」
そう言いながら、綾香は袴のすそを前にばっと伸ばす。
「そんな事は、御天道様が黙っていても、この綾香さんが、見逃す訳にはいかないんだよ!」
そう言って、羽織のすそをはだける。そこには、あの時の桜吹雪が。
あっと、驚いた顔になる一同。
「あんたら、この綾香桜、見忘れたとは言わないだろうねぇ!」
「うぬぬ、でぇいっ!」
と、いきなり勘定奉行の智子が綾香に切りかかった。が、綾香は片手でそれをいなすと、智子を下につき落とした。それを取り押さえる役人。
やがて、元どおりに服を着直すと、綾香は改めて座り直した。
「裁きを申し渡す! 材木問屋長岡屋、その罪許しがたし、打ち首獄門! 余の者は終生遠島を申しつける! なお、勘定奉行保科智子、その方には老中より切腹の沙汰が出ておる。ひったてい!」
「ははっ! ほら、ひたってい!」
役人に連れて行かれる悪人達。後には、綾香と芹香が残った。
「さて、お芹とやら。恐い思いをさけて済まなかったわね。もう、安心して家に帰りなさい」
こくん。
「・・・これにて一件落着!」
こうして、今日も江戸の平和は守られたのでした。
めでたし、めでたし。
綾香「めでたくなんか無いわよ〜! 何であんな恥ずかしい目に遭わなきゃいけないのよ! もうお嫁に行けないじゃない!」
北町奉行・遠山の金さん:来栖川綾香
北町同心:神岸あかり
北町同心:宮内レミィ
南町同心:松原葵
南町同心:姫川琴音
かわら版屋:雛山理緒
材木問屋・長岡屋主人:長岡志保
長岡屋用心棒:藤田浩之
長岡屋用心棒:佐藤雅史
勘定奉行:保科智子
町娘お芹:来栖川芹香
小料理屋「しの」女将:芹緒(セリオ)
小料理屋「しの」小間使い:丸智(マルチ)