「いまは、まだ・・・」
(Episode:来栖川 綾香、HMX−13・セリオ(ToHeart)/投稿作品/投稿者:北村信治さん)


 今日、マルチの定期検診に研究所に来た俺は、そこで綾香とはちあわせた。
「あら、浩之。今日はマルチもなの?」
「ん?もって事はセリオもなのか?」
「まーねぇ。ね、ところでセリオのことなんだけど…」
「セリオがどうかしたのか?」
「どう?浩之の目から見て。あの子、最近変わったように見える?」
「はぁ?かわったって…なにがだよ。」
「ん〜雰囲気…かな。やわらかくなったっていうか…」
「よくわからんが…まぁ、はじめてあった時よりは話しやすくなったかな?」


「セリオにも、心がある?」
 待合室で綾香はそんなことを言い出した。
「でもあいつは…」
 確かサテライトシステムを積む代りに感情を無くしたはずだ。
「うん、でも本当は違うのよ。考えてもみなさい、セリオのほうが後から作られたのよ。マルチに出来ることは、もちろんセリオにも出来るわ。」
 たしかにそうだ。後から出来たものの方が、大抵は性能が良い。
 マルチにサテライトシステムを付け足したのがセリオだ、というのにはなんとなく説得力があった。
 でも、それなら…
「じゃあ、なんでセリオはああなんだ?とても心があるようには見えないんだが…」
 至極もっともな疑問が出る。
 綾香はふっ、と悲しそうに顔を伏せていった。
「かなしいことが…あったのよ…それで心を閉ざしてしまったの…」
「なに?」
「あの子はやさしいから…その悲しみに耐えられなかったのよ」
 そう前置きしてから、綾香は事の顛末を話し出した。

 実は生まれたての頃、セリオもマルチも来栖川邸での試験をしていたというのだ。
 力の制御はちゃんとできているかとか、話し方がおかしくないかとか、こちらの言うことを理解できるかということを実際に使用されるであろう環境で試験していたという。
 もちろん感情プログラムの試験と育成もその中には含まれていた。
 生まれたばかりの二人は素直で、感受性に富み、何にでも興味を示した。
 いろいろ失敗もしていたが、その一生懸命さがほほえましかった。
 そんなある日、一匹の傷ついた小鳥が迷い込んできた。
 二人の必死の看病で小鳥は事無きを得たし、なぜかセリオによくなついた。
 セリオも小鳥を「ピーちゃん」と呼んでかわいがった。
 でもそんな楽しい日々は長続きしなかった。
 ある日、小鳥の様態が急変し、次の日には死んでしまったのだ。

「あのときのセリオの取り乱しようったらなかったわ。」
 そういって綾香は一息ついた。いつしか涙声になっている。
「あの子は言ったわ。
『なぜ心を持たせたの!こんなものがなければ、こんな悲しい思いもすることもなかった!』って」
 そして、決定的な一言…

「こんなにも悲しいなら、こんなにも辛いなら、『心』なんていらない!」

「…それからよ、あの子がああなってしまったのは…」
 俺の胸に顔をうずめ、肩を振るわせながら綾香は続ける。
「でも…それじゃあんまりじゃない?心があるからうれしいって思えるはずでしょ?心があるから楽しいって思えるはずじゃない?それなのに…」
「綾香…おまえは、やさしいな…」
 そんな綾香の肩を抱き、頭をなでてやりながら俺はつぶやいた。
「セリオ…悲しいやつだな。誰よりも愛ふかきゆえに…か?」

 そこで俺たちは互いに見詰め合い…次の瞬間爆笑した。

「ふふっ、浩之ならわかってくれると思ったわ。」
「まあ、嫌いじゃないけどよ。あんまりいい趣味じゃねぇな」
「ごめ〜ん!でも浩之だってノッてたじゃない?」
 そこでまじめな顔になって綾香は続けた。
「でもね、セリオにも心があるっていうのは、本当よ。主任もそう言ってたし。使う人次第だけど。」
「俺たち次第、か…」
 と、そこにマルチとセリオがきた。
「お疲れさん。二人とも何ともなかったか?」
「はい!なんでもないそうですぅ〜」
「はい、問題ありませン」
 元気に答えるマルチと、淡々と答えるセリオ。
 セリオにも心はある、か。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。よかったな、問題なくて」
 そう言って二人をなでてやる。
「…まだ…よくわかりません」
 そう言ったセリオは、なんとなく嬉しがってる様に、俺には見えた。

− 終わり −