「星の贈り物」
(Episode:来栖川 綾香、HMX−13・セリオ(ToHeart)/投稿作品/投稿者:Nyawanさん)


 たまにはいっしょに寝ようと、その日、綾香はセリオを強引に自室に誘った。

「お待たせっ」
 先に入浴を済ませ、セリオが待つはずの部屋に戻る綾香。
 しかし、セリオの姿が見えない。
「あれー、どこ行ったの」
 あたりを見まわす。そして、南向きのベランダに通じる窓の向こうに、ぼんやりとたたずむセリオを見つけた。

 窓に近づき、綾香はガラス越しに声をかけた。
「セリオ、どうかした?」
「いえ、ただなんとなく…」
 ゆっくりとこちらに振り返り、セリオは、めずらしく曖昧な言葉を返してくる。
 顔には出さないが、綾香は内心うれしくなった。

 本来なら、人間ではないセリオは、『曖昧な』表現などしないはずである。
 事実、綾香と初めて対面した頃のセリオは、良く言えばマニュアル通り、悪く言えば杓子定規的な反応しかできなかった。
 企業が売り出すメイドロボとしては、多分その方が正しいのだろう。しかし綾香は、セリオにそういうものを求めてるわけではない。

 ロボットから普通の女の子へ。
 少しずつ変わっていくセリオを見ているのが、綾香はとても好きだ。

「何か見えるの?」
「星が見えます」
「星?」
 セリオの言葉に誘われるように、綾香もベランダへと出ようとした。
「綾香お嬢様、湯冷めするといけませんから」
 湯上がりに大きめのシャツを1枚着けただけの綾香を、セリオは押しとどめようとする。
「いいからいいから。ちょっとだけ」
 綾香はセリオの制止を軽く受け流し、肩を寄せるようにセリオの横に並んだ。

「へぇー、こんなところからでも、結構見えるのね」
 仲良く冬の星座を見上げる2人。
「えーっと、あの明るいのがシリウスか。あ、オリオン座もしっかり見えるじゃない」
「そうですね、馬頭星雲まではちょっと確認できませんが」
「あはは、そこまでは期待してないって。天文台じゃないんだから」
 生真面目なセリオの返答に、綾香は思わず苦笑する。

「私、ベテルギウスってなんか好きなのよね」
 綾香は、オリオン座の向かって左上にある、赤く輝く星を指差して言った。
「セリオは知ってるかもしれないけど、あの星、もうすぐ寿命なんだって」
「寿命、ですか?」
「うん。ま、星のレベルの『もうすぐ』だから、何万年も先の話だけどね」
「……」
「でね、授業か何かでそれ聞いたとき、なんだかうれしくなっちゃったの。それまでは、星って見てる分にはきれいだけど、憧れるだけの遠いものとしか思ってなくて。でも、私たちと同じで、ちゃんと生きてるんだなぁって」
 そこまで言ってから、ふと思う。

 生きているといっても、セリオと自分では、その意味するところは同じなのだろうか。

 そもそもセリオは、その事をどう捉えているのだろう。
 それが機械と人間の違いだと割り切っている?
 それとも綾香を、無数に通り過ぎていく人間の1人だとしか認識していない?

 こうやって同じ時間を共有してはいるが、今は無限に思えるそれも、2人に残された長さは違う。

「綾香お嬢様?」
 急に静かになったのを不審に思ったのか、セリオが綾香の顔をのぞき込んできた。
「そろそろ中にお入りになった方がよろしいかと」
「セリオ」
「はい」
 言いようのない不安を消したくて、綾香はなんとなくセリオの頬に手を伸ばした。
 磁器を思わせるなめらかな肌触り。しかし、それとは違う確かなぬくもり。
 そして、見つめ返してくる真摯な瞳。
 次の瞬間、綾香は思わずセリオを抱き寄せていた。

 突然のことにバランスを崩し、セリオは綾香の胸に顔を埋める形になる。
「あの…」
 状況を理解していないセリオをよそに、綾香は1人で納得していた。
 不確かな未来をここで心配してもしょうがない。
 大切なのは、今、目の前にいるセリオの暖かさを感じていること。

「セリオ、寒くない?」
「はい、私は」
「そう、それならいいわ」
 それでも綾香は、セリオを放そうとはしない。
「あの…、何をされているのですか?」
「ん? 気持ちよくない?」
「気持ちいいという概念は、主観的なものですから、時と場合によって…」
「そんな一般論はいいの。セリオはどうなの?」
 戸惑うセリオがおもしろくて、綾香は更に強く抱きしめる。
「どう? 気持ちいいでしょ」
「はい…、気持ちいいです」

 そうして。
 セリオのメモリには『気持ちいい=ノーブラの綾香のムネの弾力』という情報が書き込まれた。

 サテライトシステムを装備する地球上すべてのメイドロボに、セリオから来栖川の衛星を通じて、その情報が瞬時に配信されたのは言うまでもない。

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