「『たれ楓猫』で小咄一つ」
(Episode:柏木 楓(痕)/掲示板掲載SSシリーズ・16)


 それは、とある長雨が降り続いている、何ともイヤな天気の日の事だった。
 オレが、何時ものように大学から帰って来ると、普段は付いていたためしがない留守電のマークが明滅している。

 ・・・はて、オレの部屋の電話番号を知っているのって、一体誰だっけ・・・。

 しばし考えて見たが、すぐに無駄な努力はやめる事にした。
 そもそも、オレが誰々に部屋の番号を教えたかなんて、覚えてもいない。

「取り敢えず、ぽちっとな」

 再生ボタンを押す。

『ピー。

 ――あ、もしもし耕一!? 梓だけど、ワリぃけど、この電話聞いたら、すぐにうちに来てくれないか!?
 楓が大変な事になっちまったんだ! 詳しい話は電話じゃ無理だから、出来るだけすぐにうちに来て――

 ピー。
 以上1件です』

 『楓ちゃんが大変な事』に? それって一体・・・。

 オレは、取る物も取り敢えず、隆山の柏木家に向かった。

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 がらがらがら。
「ちわ〜」
「お、耕一、丁度良い所に来たね」
 隆山の柏木家に到着すると、丁度玄関口に梓が居た。
「よお、梓、楓ちゃんが大変って、一体どう言う事だ?」
「それは、口で説明するよりも直接そのものを見た方が早いな。こっちだ、耕一」
 梓はそう言って、有無を言わさずオレの手を引っ張って家の中へと連れて行く。
 そして、まっすぐ楓ちゃんの部屋に向かい・・・。
 とんとん。
「楓? 耕一来たよ。入るね」
 梓がそう言うと。
『・・・どうぞ』
 か細い楓ちゃんの声。
 まさか、楓ちゃん、何かの病気になったとか?
 がちゃり。
「楓ちゃん!」
 梓の後ろから楓ちゃんの部屋の中に入ったオレが見たものは・・・。

 不思議そうにオレを見上げている楓ちゃんと、その目の前に居る、やはりオレの方を不思議そうに見つめる、『猫化した楓ちゃん』にそっくりな、たれている『それ』。
 ・・・イヤ、『たれ楓猫』だろうな、きっと。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・梓」
「何だ?」
「楓ちゃんが大変だって言ってたよな、確か?」
「これを見て平気なのかよ、耕一は?」
 そう言って、梓はたれ楓猫を指差す。
「たれているとは言え、楓が二人も居るんだぞ! これが大変な事態で無くて、一体何なんだよ!?」
「・・・イヤ、楓ちゃんが無事であれば、たれた楓ちゃんが出て来ても別に問題は無いと思うんだが・・・」
「ほら、梓姉さん、私が言った通り・・・」
 楓ちゃんも遠慮がちにそう言う。

 一方の、話題の中心になっている「たれ楓猫」は、何を思ったのか、オレのほうに近寄ってきた。
 そして、オレを不思議そうな顔をして見上げている。
 その視線に気がついたオレが、しゃがんでたれ楓猫と顔を合わせて見る。
「・・・みゅ〜?」
「・・・な、鳴くのか、このたれ楓猫・・・」
「イヤ、初めて聞いた・・・」
「私も初めて聞きました・・・」
 梓と楓ちゃんも驚いたような顔をしている。
 そして、その間にたれ楓猫は、と言うと。
 にじりにじり。
「うわ、こいつ、登って来た!」
 オレの体をよじ登り始めた。
「ど、どうする、耕一?」
「・・・取り敢えず、何がしたいのか見て見よう・・・」
 そのまま楓猫はオレの体をよじ登り続け、最後にはオレの頭の上に乗っかって、やっと止まった。
「みゅ〜?」
 頭の上で鳴いてるし。
「・・・何か、気に入られちゃったみたいだな・・・」
 あははと、オレは頬をかいた。
「そうですね・・・その子も、たれてるとは言え『私』ですから・・・」
 楓ちゃんはそう言ってぽっと頬を染める。
「・・・はいはい、お熱い事で。邪魔者はさっさと消えるね。全く」
 ぶつぶつ言いながら梓は部屋から出て行った。
『耕一! 今日の晩飯、食べて行くんでしょ?』
 部屋の外から、そんな声。
「ああ、楽しみにしてるよ、梓の晩ご飯」
『任せときな』
 そう言って、立ち去る足音。
「・・・あはは・・・楓ちゃん、このたれ楓猫、どうしようか・・・」
「そうですね・・・しばらく、耕一さん、預かっておいて下さい」
「は? でも、いいのかい?」
「ええ。だって、さっきも言いましたけど、その子も『私』ですから・・・」
 そう言って、楓ちゃんは目を閉じた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 オレは、楓ちゃんの頬を手で押さえると、そのままキスをした。

 ・・・しかし、はたから見たら、間抜けな光景だよなぁ・・・。

 そう思った丁度その時、同意するかのように頭の上のたれ楓猫が、「みゅ〜」と、一声鳴いた。

〜 終わり 〜