「忘れ物」
Episode:来栖川 綾香、HMX−13・セリオ(ToHeart)/小SSシリーズ・その1
「それじゃあ、私達そろそろ帰るわね。あまり遅いとお爺様に何言われるか解らないし」
夕刻、と言うには、見上げた空は既に星が瞬いてるこの時間。
ひとしきりウィンドショッピングを楽しむと言う、お約束のデートメニューをこなした俺達は、商店街の端で佇んでいて。
綾香のそんな言葉に、改めて時間を思い出す。
「そっか、もうそんな時間だったか」
「うん。最近日が落ちるのも早いしね」
日中は相変わらず30度を越えるくらいの気温だ。
が、最近は日が落ちると少し風がひんやりとするようになってきた。
秋の、足音が聞こえる。
「んじゃまあ、気をつけて帰れよ。・・・と言っても、綾香達なら心配は無いか」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
少し怒ったように、綾香が口をとがらせて俺に文句を言う。
しかしなあ、エクストリームのチャンプに、来栖川の最新鋭技術の塊の娘。
この二人に、バンピーでかかって行っても、勝てるとは思えねぇけどなぁ?
そう考えながらセリオの方に目をやると、セリオはそんなやり取りをしている俺達を何やら楽しそうに見ていた。
「コレでも一応誉めてるつもりなんだけど」
「誉め言葉になってないわよ、それ」
はぁっと溜め息をつくと、綾香は肩をすくめた。
「まあいいわ。んじゃ、またね」
「おう、セリオもまたな」
「−−はい、浩之さん」
二人の姿が見えなくなるのを見送ってから、俺も家へと歩きはじめる。
そういや、今日の晩飯どうするかな。
そんな事を考えながら歩いてると・・・。
たたたたたっ。
軽い足音。そして。
「−−浩之さん」
「ん? お、セリオじゃんか。綾香と帰ったんじゃなかったのか?」
声をかけられて振り返ると、そこにセリオが立っていた。
「−−忘れ物を、届けに来ました」
「・・・忘れ物?」
はて、俺何か忘れ物したっけな?
そう思ってると、セリオがすっと顔を寄せて来て。
ちゅっ。
「・・・せ、セリオ?」
「−−おやすみなさいの、キスです」
そう言うと、セリオは軽くぺこりとおじぎをして、足早に走り去ってしまった。
・・・・・・。
まだ温もりが残る、右の頬に手を当てて見る。
「・・・忘れ物、か」
まあ大方綾香にでも吹き込まれたんだろうけどな。
そうつぶやきながら、俺はセリオが走り去った方向をいつまでも見つめていた。
− 終わり −