どうしたんだろ?
いつもならもう、”来るってハガキ”が届いてるのに。
今年は行かないつもりなのかな?
− ぱんぱん −
ん、よし。
こうして水着も陰干ししてるんだから、行きたいな。
タカヒロも最近なんだかそっけないし。
マッキちゃん、私と二人だけでも行ってくれるかなぁ?
いっそ、ひとりで行っちゃうか。
でも...
う〜ん、ココネ、忙しいのかな?
...あれ? あの音!
− ダラララ −
郵便屋さん!
ξ 今年の海 〜 ちょっとだけいつもと違う風景 〜 ξ
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持っていく物といえばタオルと水筒ぐらいしかない。
あとはおじさんのトラックを借りに行くだけだ。
「じゃ、着替えよっか。」
「あ、アルファさん、あのですね。」
「ん?」
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おととし |
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「去年も |
一昨年 |
も同じ水着だったじゃないですか。」 |
「うん、そうだけど?」
「今年は気分を変えようかと思って、新しいの買ってきたんです、二人分。」
「わっ、見せて見せて!」
「これなんですけど、」
差し出された紙袋を開けて中をのぞきこむ。
「...?」
怪訝な顔をするアルファ。
そして、その一部をつまみ上げる。
「...こ、これも水着なの?」
その問いに、まるで秘密をうちあけるような口調で答える。
「はい。 ビキニって言うんです。」
「び、びきに?」
「ええ。誰もいないんだし、ダイタンにいってみようかと。」
ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
アルファも、それを着けた自分を思い浮かべる。
「.....」
普段なら絶対にしない格好なだけに、どきどきする。
「お、おもしろいかも...」
「でしょぉ?」
少し不安だったココネもホッとする。
二人とも目を合わせて、んふふと笑う。
もはや共犯者の顔になっていた。
いつものガソリンスタンドに、2台のスクーターがとまる。
「おじさーん!」「こんにちはぁ」
「お〜ぅ」
パラソルの下に寝そべっていたおじさんも上体を起こして迎える。
二人ともいつもの泳ぎに行くときの格好、つまり、素足にビーチサンダル、
それに大きめのシャツだけといういでたちだ。
でも何かいつもと違うような気がするおじさんだった。
「.....」
「どうしたんです?」
「いやぁなんかよぅ...まぁ、いいゃ」
「?」
首を傾げるアルファとココネ。
「あぁ、トラックぁ、そこにあるで。」
「あ、はい。 いつもすいません。」
「だけんど、もうちょい待ってくんねぇ。」
「はい?」
「タカ坊のやつが、一緒に行きてぇ言っとったでよぅ。」
「え゛!?」
同時に驚きの声をあげる二人である。
「どしたぃ?」
「いえ、その...」「えっと...」
もじもじとする二人を後目に話は進む。
「もうじき来るはずだ。」
しかし二人は『どーしよー』という顔を見合わせていた。
「なんかまずかったか?」
「あ、いえ...」
「なんなら、おれもついてくか?」
「いーえ! 大丈夫です!」
きっぱりと断るアルファであった。
そのとき、タイミング良くも自転車の音がする。
「あーるふぁー」
もちろんタカヒロだ。
マッキもいる。
二人とも眼をキラキラさせていた。
それはもう後には引けない状況であった。
「ひ〜ん!」
シートにはアルファとココネ。荷台にタカヒロとマッキが立つ。
「じゃ、行って来ます。」
アルファが心なしか張りのない声でトラックを発進させる。
「おぅ、楽しんできな。」
そう言って見送り、再びパラソルの下に帰ったおじさんが、ふと気がつく。
さっきから気になっていたいつもと違う部分、
すなわち、夏の薄手のシャツを透かして見える お・へ・そ に。
「ち、もうちっと早ぅ気づいてりゃぁな。」
と、とても残念そうにつぶやく。
トラックはもう豆粒ほどになっていた。
いつもの砂浜に着くと、お子様たちはいきなり走り出していた。
走りながら水着の上に着ていたTシャツを脱ぎ捨てると、そのまま海に入る。
− ざばっ −(準備運動とかしろよ。)
「ゆ゛〜」「べへへ〜」
二人とも気持ちよさそうに漂う。
アルファとココネはまだトラックの中にいた。
決心がつかないのだ。
ただ一枚上に着ているだけのシャツが、脱げなかった。
元々誰もいないと思ってした格好だからだ。
しかし脱がねばならなかった。
そのまま水を浴びればシャツなど着ていないも同じだからだ。
「すいません、私がこんなの買ってきたばっかりに...」
ココネが泣きそうな顔をする。
「い、いいのよ。 私も楽しみで着たんだし。」
「でも...」
まだ何か言い足りないココネだが、タカヒロが水の中から大声で呼ぶ。
「二人ともどーしたのー?」
「.....」「.....」
無言で顔を見合わせるトラックの二人。
ひとつ息をして意を決する。
「いくわよ!」
「はい!」
ドアを勢いよく開けて、そのまま走り出す。
− ダダダダッ −
水辺ぎりぎりのところでシャツを脱ぎ捨てる。
− バッ −
//PAUSE
シャツの下から現れたのは、思わず喉を鳴らしてしまうような肢体と、
セパレートの水着に邪魔されない、キュッとしまった腹筋、
そして、可愛らしいおへそであった。
その水着は、ココネは白を基調として、ブルーの縁取りと
胸にワンポイントがあり、健康的ともいえる。
アルファはなんと黒だ。 さして広くない面積に南国カラーの羽根が上下とも
描かれている。しかも紐で結ぶタイプである。
//PAUSE解除
そして、浅瀬にいたタカヒロたちの横を駆け抜けると、
深みまで走って飛び込む。
− ざぶ〜ん −
なんの打ち合わせもなしに、見事にそろった動きだ。
で、ちょっとして顔を見せる。
そして、頬を染めて呆然としたタカヒロを見つけると、
二人とも同じように顔を紅くしてしまうのであった。
なお、マッキがちょっと不機嫌そうな顔をしていたが、
本人を含めて誰も気づいていないようであった。
まぁ、いつまでも水の中にいるわけにもいかないので、
アルファもココネと示し合わせてあがることにした。
浅瀬までくるとタカヒロが、
「み、水着かえたんだね。」
と、かろうじて言う。
目のやり場に困っているのがありありと見て取れる。
「う、うん。 まぁね。」
応えるアルファもやはりぎこちない。
二人は一緒の風呂にも入ったような仲だが、裸が当たり前の風呂と海辺では
わけが違うのである。
しかし、そんな変化にもすぐに慣れてしまうのは、やはり姉弟のような関係か。
その後しばらく、浅瀬で水のかけあいや泳ぎの練習らしきものが行われ、
1時間もすると、トラックがとめてある木陰で御茶会である。
ココネが会社から借りてきた小さめのクーラーボックスには、
二本の水筒が入っている。 中身は麦茶とアイスコーヒーだ。
ちなみに、ココネはこれで自家製の梅酒を持ってきたが、
昨夜のうちに二人で飲んでしまった。
そのとき何が行われたかは推して知るべし。
ココネはもうひとつ持ってきていた。
御茶会の終わりに、
「じゃ、次はこれしましょ。」
と言って、バスケットから、しなびたビニールのかたまりを取り出す。
息を吹き込むと丸くなる。 ビーチボールだ。
いったいどこから仕入れてきたのか。
「なにそれ?」
「ビーチボールって言って、砂浜でこれを打ちあって遊ぶの。」
「ふ〜ん」
残りの3人が感心する。
「どうやって?」
「え? こうやって...」
と、打つまねをするココネだが、
「ココネ、ココネ、やってみた方が早いって。」
アルファに言われて「あ、そうですよね。」と気づくのは彼女らしいのか。
ビーチボールの遊びは、みんな気に入ったようだ。
単純にボールを落とさないよう、それぞれが打ち上げるだけなのだが、
ついつい熱中してしまう。
タカヒロなんか「でやっ」とか言って、届きもしないボールに飛びついては
悔しがっている。ただし、そういったのはマッキがわざと、とれそうにない
位置に返しているからだが、そのわけはタカヒロにはわかるまい。
ところで、ボールしか眼に入っていない彼女たちは気づいていなかった。
もちろんココネが悪いわけではない。
彼女は誰もいないことを前提に水着とボールを用意したのだ。
何に気づいていないのか。
揺れるのだ、ボールを追って走り回る彼女たちの胸が!
ワンピースならそう目立たないのだろうが、今の彼女たちの姿では、
重力など何の枷にもなっていなかった。
よくポロッといかないものである。
もしこの場におじさんがいたなら、きっと来年も、いや、来週も海に誘うに違いない。
もとい。
マッキがちょうど高くあげたときに、一瞬吹いた風に持っていかれる。
「あっ」
空中を漂ったボールは、みんなが目で追うなか海に落ちる。
浅瀬をこえて深くなっているところだ。
「取ってくる!」
マッキが駆け出す。
「あ、あそこもう深いから!」
アルファも走り出すと、コンパスの違いで、すぐに追いつく。
でも、マッキは引き返す気はないし、アルファもそうさせたりしない。
「ここから足つかないよ。」
「うん。」
少しだけためらうマッキだったが、すぐに意を決して浅瀬の底を蹴る。
顔を出したまま平泳ぎでボールのところまで行き、
慣れない立ち泳ぎをして右手ではじく。
少しバランスを崩すが、すぐ後ろのアルファが支える。
戻りしな、浅瀬の少し手前でアルファが思い出したように言う。
「マッキちゃん、下、見て。」
「?」
顔を浸けると、足の下を降りていく斜面はすぐに見えなくなっていた。
『うわー』
底の見えない深さをちょっと怖く思いながらも、
まるで空を飛んでいるようにも感じられた。
「すごいねー」
顔を上げてそう言うと、アルファもにっこり応える。
「うん!」
「...潜っちゃダメ?」
「私と一緒ならいいわよ。」
ボールを取りに来ていたタカヒロとココネにも声をかける。
「二人もどう?」
「うん!」「はい。」
4人とも大きく息を吸って、一緒に海中に消える。
− ざぶっ −
タカヒロもマッキも、こんな潜水は初めてで、砂の斜面に沿って
ゆっくり降りていく。 と、少し平らになっているところがある。
かつての道路だ。
ガードレールだった支柱に海藻がからまり、さかなたちが泳いでいる。
マッキが近づくと、一斉に逃げる。
それを追うと、下ばかり見ていた瞳がはじめて水平を向いた。
アオく澄んだ水、遠くまで見える。
でも、だんだんと群青色になる。
上は陽が揺れているけど、下も、右も、左も、
ものすごく広い。 それに遠い。
ずっと向こうのさかなたちが、星のようにきらめいている。
もっと見ていたかったが、マッキの息が続かない。
海面に急ぐ。
− ぱっ −
息を整えると、みんな嬉しそうな顔をしている。
それに気づくと、なんとなく、えへへーと笑いあう。
「もっかいね。」
お子様たちがまた潜る。
どうやらマッキの機嫌もなおったようだ。
アルファとココネは浮かんだまま水平線に眼を移す。
傾きかけた太陽をうつして輝く海は、
時代をのみこんできた海は、
ただ静かに、少し寂しそうに広がっていた。
眼を細めて見つめながら、
「どこまで続いてるんでしょうね?」
穏やかにそう言うココネも、その答えを望みはしない。
「ん? ...うん。」
アルファも彼女と同じものを感じていたのだろう。
本当に聞きたかったのは『いつまで...』
風が少し強くなってきた。
ほっぽってあったビーチボールが、ころころと転がる。
「あー、もうそろそろ終わりかな。」
「そうですね。」
− ぷぁっ −
少し離れたところにタカヒロたちが浮かび上がる。
「もうあがるよー。」
「うーん!」
そう応えても、また潜る。
『しょうがないなー』という顔をしながらも、
「じゃ、こっちも、もう一回?」
「ええ!」
− じゃぶん −
海の魅力はまだまだ尽きないようであった。
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